ダブリ続 2

白い影。
大きな闇。
銀の月。
あの、格子越し見た、大きな月。

ドッ・・・っゴッシャアアアアアアアアアアアアアアアン!

耳を、劈いた。
「・・・・・・・・・っ!」
埃が目に入る。
「・・・っ!げほ・・・っ!」
咳込む。
涙が出た。
マツリは震える体を叩いて起き上がる。
「・・・っあ!」
がっと、また髪の毛を掴まれた。
そして引き寄せられる。
「なんだ、こんな簡単な話か。」
彼が眼の上を切り、血を流し上がら笑った。
「感謝するぜ。化け物。」
「・・・っ」
痛い。
身体が。
心が。
自分の眼に移る、白い化け物が恐ろしくて、マツリは眼を閉じた。

再び、バケツはひっくり返されてしまった。
いとも、簡単に。
だけど、心臓を切り裂くような痛みを伴って。


「はぁ・・・。」
ため息なのか息切れなのか。吐きだした本人すら分からない。
いづみは一人夜道を走っていた。
体力はほとんど回復していたが、まだ本調子ではないらしい。
マツリは見つからない。一日探しているのに。もう日が暮れたのに。
メグがきっと探しているだろうけど、そのメグも今日は学校で見ていない。
いや、来ていたかもしれないけど。会ってはいない。
リョウは元国光の研究所があった場所に行ってくれている。もうすぐ落ちあう時間だ。
これでみつからなければ一度捜索は切り上げることになる。
ジャリ・・・!
思わず足を止めてしまった。
「・・・・気味の悪い・・・工場。」
いづみは工場を睨んだ。
この工場を知っているわけじゃない。
だけど、足を運んだ。引き込まれるように。
「・・・っぁ!」
息を吸い込むことを、慌てて思い出す。
「ま・・・マツリ!」
いづみは工場の入り口あたりに現れた親友の姿を見つけて、息を飲んだ。
「マツリ!マツリ!平気!?何してたの今まで!」
へたり込んでいたマツリの肩を抱きあげる。
その時、恐ろしく冷えたマツリの肩に、いづみの手はびくっとした。
「・・・マツリ?今まで・・・どこに・・・」
がし!
「!」
突然、マツリがおもいっきりいづみの肩をつかんだ。
「マ・・・」
「メグは!?」
「え?」
驚く。
マツリの顔が、涙でぐちゃぐちゃだった。
「メグは!?どこ!?」
「お、おお、落ちついてマツリ!」

「メグ・・・は、見てないなぁ。」
リョウが申し訳なさそうに言った。
マツリをいづみの家に連れていき、待ち合わせ場所にリョウを呼びに行った。
そしてリョウはいづみについていづみの家にやってきたのだ。
「マツリが、メグが・・・その。死んだんじゃないかって。」
「へえ!?」
リョウが驚く。
「あれは死んでも死なないでしょう。」
「いやいや。死ぬから。多分。普通に死ぬから。」
はは、とリョウは笑った。そしてすぐ真面目な顔に戻る。
「なるほど・・・やっぱり。」
「え?」
「この2人が生死にかかわる出来事に遭遇してる。そしてそれは、国光の関係者が絡んでる。」
「!」
「メグを訪ねてきた外国人。これ、国光の人間でしょ。他にもいたらしいから。外国人。あそこには。」
「・・・。」
「マツリは?」
「寝かせた。すごく身体が冷えてて。でも多分起きてると思う。」
「・・・まった、重症なのかな。」
「そうかもね。」
いづみの眉がよせられる。
ガチャ。
「マツリ。」
いづみは部屋に入り、マツリがそこにいることに安堵する。
「やっほーマツリ!心配したよー。」
リョウが手を振るが、マツリは俯いたままベッドに腰をかけていた。
「・・・マツリ。」
いづみが傍による。
「・・・どうしたのマツリ、その手。」
リョウが尋ねる。
「え?」
「血がついてる。」
「・・・あ。」
気づかなかった。
だけど確かに、微かにかすれた血の跡があった。
まるで血の付いた手で握られたような。
「・・・怪我ない?」
マツリは首を振る。
「・・・これ。メグの血だって言うの。」
「へ?」
涙声でマツリは呟く。
「殺したんだ、って。言うから・・・。」
動揺した。
いづみはリョウを見つめるが、リョウはただ首を振るだけだった。
全然現状が把握できないからだ。
「・・・リョウ・・・。」
はっとしたようにマツリが顔を上げた。
「・・・松田さんは?」
「え?」
「松田さん!松田さんはどこ!?」
マツリは立ち上がってリョウに近寄る。
「お、お兄ちゃんのこと?だったら、多分今日は帰ってこないかなぁ。」
「どこにいるの?!」
「え?何、会わなきゃなの?」
「違う・・!」
マツリは震えてた。
「危ないの。松田さんの命・・・!」


「久しぶりだなぁ。君と話すのは。」
「用件だけだ。」
煙が空を舞う。夜空。
「用件とは。何かな。珍しいね。僕に用事があるなんて。」
「この際はっきり訊く。あいつらの生存は確認できてるのか?」
「あいつら?」
「あいつらだ。」
眼鏡の奥の目が細くなる。
「・・・それは、もしかして、行方不明のブラックカルテ達のことかな。」
「・・・死亡確認できたのは一人ものいないのか。」
松田はため息をついた。
「いませんよ。ゾルバもリナもね。・・・ああそれから。」
「・・・あそこにいたんだろ。」
「ええ。確実に。」
煙草の煙がなびいてく。
「死体は、見つかりませんでしたよ。クリスのものも。」
「・・・そうか。」
松田の眼は細くなる。
「もしかして、会ったのかな。」
「・・・見た。と思う。」
「思う?」
「確信が持てない。でもあいつ、多分、クリスだ。」
「・・・。」
松田は空を見上げてから、ふうっと煙を吐き出した。
「そう言えば忘れてました。吸いましたっけ煙草。一本いります?」
「・・・・・いらねぇよ。」
呆れた。
「何だよ松田。俺のこと結構不良だって思ってたんだな。」
「はは。久しぶりに会ったから。仕方ないですよ。子どもの成長なんて分からない。」
「・・・妹の話か。」
松田は笑った。
「なぁ、訊いていいか。」
「何かな?」
「・・・椎名、クリスの顔、知ってたか?」
「・・・梓・・・君?」
メグは頷いた。
夜空に煙。
煙が消える。


「お兄ちゃん!」
バターン!
飛び込んできた少女達。
「!」
松田は驚いた。
「リョウ、何、どうしたの。」
ちらと、後ろについてきている二人に眼をやる。
「・・・マツリさん・・・?どうしたんですか!?」
いづみに支えられるマツリの手が血まみれなのを見て、駆け寄る。
「怪我は・・・。これは・・・誰の血?」
「マツリが言うには、メグだって。」
「メグ?」
驚く。
「メグを殺したって男が、来たって。そんで、お兄ちゃんも危ないって・・・。」
「・・・メグを?それ、いつ。」
松田がマツリを見る。
「数時間は前・・・だと思います。」
いづみが答える
「・・・数時間?」
きょとんとした。
「・・・マツリさん。」
マツリの肩に手を置く。
「落ち着いてください。メグは無事だと思いますよ。」
「え?」
「小一時間前に、メグは此処にいましたから。」
「・・・え!?」
リョウが驚く。
マツリが顔を上げる。
「・・・じゃあ、この血は・・・?」
「・・・分からないけど。それはメグの血じゃない。」
「・・・・。」
マツリの目にやっと光がともる。
「メグは・・・?どこに行ったんですか?」
「帰りましたよ。多分家だ。」
「・・・。」
マツリはへたり込んだ。
「・・・じゃあ、嘘だったんだ。」
力が出ない。
「・・・誰なの、そんな嘘ついて・・・こんな・・・。」
松田が眉を寄せる。
「分かりません・・・。」
マツリは首を振る。
「でも・・・ブラックカルテだって・・・言ってた。」
ぼろっと涙が出る。
「・・・国光の研究者を。殺すって・・・。」

「くそ、携帯がねぇのがいてぇ。」
メグは悪態付きながら家に向かっていた。
「・・・しかし・・・椎名は、どこに行ったんだ。あんにゃろう。」
まさかマツリといるんじゃねぇのか。
「・・・。」
ねぇか。
「・・・。」
メグは思い出したように、身体の向きを変え、学校へ向かった。
夜も遅いので、もちろん校門は開いてない。
でも保健医はよく学校に泊り込んでる。
保健室はあいつのプライベートルームだから。
「椎名―。」
一応声を掛ける。
「・・・開いてる。」
保健室の鍵は開いていた。
「・・はいんぞ。」
ガラガララ・・・
戸を開けたが、そこに人の気配はなかった。
「・・・荷物はある・・・。」
荷物がまだ机の上にあった。今日の昼からずっとある。
「・・・どこ行った?」
まじで行方不明だ。
屋上か?そういえば行ってなかった。
メグは屋上の方に向かっていった。
思ったとおり、屋上の鍵はしまってる。
ガチャ。
うん。無理だ。
「・・・ん?」
ドアノブにかけた手の平を見やる。
「・・・・・。」
目を凝らす。
「・・・・んだこれ・・・。」
血だった。
乾いた血が、少しだけついていた。
「・・・・!」
ドアノブを見る。血がついている。乾いているけれど。
床を見る。
「んだこれは!」
血が広がってる。
鍵が閉まってる。
学校の連中がこの血を見て鍵を閉める?なんか変だろ。
何の血かは知らねぇが、気づいたら普通、血は拭き取るだろ。
鍵だけ閉めるのはおかしい。
これは、この血を流した奴がかけたか・・・。
「・・これをやった奴が、かけたか・・・・。」
だろ。
嫌な、予感しかしなかった。
ガッシャーン!
ドアのガラスを力ずくで割った。
「・・・!」
割れたところから手を突っ込み、内側から鍵を開ける。
少し手を切った。
カチャ・・・。バン!
半ば蹴破るようにして、ドアを開けた。
「・・・!!!椎名!」
そこに倒れていたのは、椎名だった。


―――屋上の空。
何時間も前の話。
「・・・椎名?」
「ん?」
突然名前を呼ばれ、保健医はためらう。
「あんた、椎名梓?」
「・・・まあ、そうだけど。」
「椎名保之の、息子?」
「・・・・・・・・・・・。まぁ、そうだけど。」
一瞬彼は無表情で椎名を見た。
そして、にやりとうすら笑った。
「探してたんだ。梓。」
その直後のこと。
酷い鈍痛と。
滴る熱いものを 感じたのは


「いつまでいるのかなぁ。」
松田が、一応笑顔で言った。
「お兄ちゃんが帰るまで。」
「マツリが落ち着くまで。」
「・・・すみません。」
うーん。明日の朝までに終わらせたい仕事があるんだけどね。
「・・・まぁいいや。仮眠室があるから。そこで寝ててください。」
「お兄ちゃんは?」
「僕は今日徹夜決定だから。」
「・・・。じゃあ、なんかあったら、呼んでよね。」
「はいはい。心配性だなもー。」
リョウはしぶしぶ立ち上がって、いづみとマツリをつれて指定された仮眠室に向かった。

「・・・すみません。」
ガチャ。
しばらくたって、また松田の研究室の戸が開いた。
「・・・来ると思ってましたよ。」
にっこりと笑ってマツリを迎えた。
「2人は?」
「シャワーを浴びに行くと言って出てきました。・・・なかなか豪華な仮眠室ですね。」
「あはは。無駄遣いって、昔から批判の対象だけどね。」
「・・・・。あの。」
「ん。」
松田は微笑みながら聞いた。
「・・・あの、ブラックカルテは・・・誰なんですか。」
「・・・僕だったら分かると?」
「あなた以外には分かりません。」
頷く。
「君も会ったことのない、ブラックカルテ。男。外国人。だったっけ。」
「はい。」
「・・・多分それは、クリスだね。」
「クリス。」
「そう。怒りを糧にするって言ってなかった・・・・?」
「・・・言ってました・・・。」
俯いた。
「・・・それで、何があったんですか。」
松田は構えて聞いた。
うん。これは、徹夜決定コースだな。

「・・・それは、本当に・・・?」
マツリの話を聞いて、松田は驚きを隠せないまま尋ねた。
「・・・また・・・、感情の放出が・・・?」
「・・・今は、そんなこと起こる気がしません。でも・・・。あの時は・・・。」
俯いた。
「マツリさん。」
松田が微笑んだ。
「大丈夫ですよ。」
「・・・え。」
「今回のケースは、特異です。日常の生活において、あなたの感情がそこまで高ぶることはないでしょう。」
「・・・は・・・はい。」
「今回は『メグを殺された』という特異なシチュエーションが突きつけられた。どんな人間も大切な人間を殺されたとあれば頭に血は上るし、正気ではいられなくなる。」
「・・・。」
「その感情の現れ方が君の場合は、あの風が放出されるというだけです。」
「・・・。」
「でも人生において、そんな特異な状況は多くない。だから、恐れなくていいんですよ。」
「・・・でも、私は・・・。」
化け物なんだろうか。この不安から、ずっとずっと逃げられない。
それが怖い。
「松田ァ!」

「!」
聞き覚えのある声が、響いた。
「・・・?」
松田が立ち上がり戸を開けた。
「!!」
そこに立っていたのは、紛れもなくメグで、そして。
「どうしたんですか!」
血まみれの、椎名だった。
「梓君!」
「おい椎名!しっかりしろ!」
メグも叫んだ。
だけど、椎名の意識が戻る気配はなかった。


「・・・・・・・・・・・・。」
沈黙が、続いた。
「・・・メグ・・・。」
「なんだよ。」
重すぎる。
「・・・なんだよ、その格好。」
「・・・あ。」
まだボロボロの格好のままだった。
「・・・おい。」
「!」
メグが伸ばしてきた手を、反射的によけてしまった。
「・・・なんだよ。」
「ごめんなさい。」
なぜか謝ってしまった。
「・・・。誰にやられたそれ。」
「・・・あの。」
涙が出そうで、困った。
「・・・・・・マツリ!」
「!」
目を硬くつぶった。
「・・・・・どうした。」
「・・・触らないで・・・。」
「は?」
「触ったら・・・。もしかしたら・・・。」
「は?何言ってんだよ。お前傷・・・っ」
「傷はないよ!」
顔を上げる。
「・・・何もされてない!」
「・・・おま・・・」
「メグのことは、怖くない!」
「・・・・・・・・何言ってんだ・・・・?」
涙が出た。
「おい、マツリ。」
この、泣き方。知ってるぞ。
「クリスっていう人が」
マツリが震える声を絞り出した。
「・・・メグを、殺すって。国光の人間を殺すって。私に、怒れって・・・」
「・・・クリス。」
メグが眉間にしわを寄せる。
「・・・これ・・・椎名先生の・・・血だったんだ。」
涙が出る。

椎名は、目を開けなかった。
でも、心音は鳴り止まなかった。


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