ダブリ
 


時は。
あの日からずいぶん経って、今、この国は安定を取り戻しつつある。
「なぜまだこんなに暑いのよー。」
「異常気象だよ。」
「はー?」
いづみが長袖のシャツを肘までめくり上げる。
「異常気象異常気象ってねぇ。毎年言ってたらもーそれは通常気象だっつの。」
恨めしそうに見上げた空は、立派な夏色。
あの日から、もう3カ月がたった。
「知ってた?もう11月。」
「知ってるよ。小春日和だね。」
「秋だってば。」
いづみはため息をついた。
あの日から、季節は変わった。暦上。
「リョウは?」
「なんか、補講だって。家庭科の。」
「・・・エプロン作りゃお終いでしょうに。なぜ補講。」
「出席日数。」
「うっわ。なにそれ、一学期の出席日数ってやっぱチャラにならないの?」
「・・・多分。私も課題出されたよ。」
「ダブるの?このご時世で。」
「わかんない。」
マツリも空を見上げた。
「わかんないね。」


全てが崩壊した後、この国は進路を失った。
国光の組織がほとんどつぶれて、構成員ももう上のクラスの人は見つからないだろう。
国会議員は、もはや、21世紀の官僚というモノたちに似た集まりだった。
そして、形だけの連中だった。
官僚なんてものは、もう歴史用語なのに。歴史は繰り返すとはこのことか。
実質は国光の偉い人たちが国を牛耳っていた。
全てが崩壊して分かる事実。悲しいけど、現実だ。
大地震でも起きたかのようなボロボロの国を救いあげたのは、大神だった。
突如現れ、すごいスピードで国を動かしていった。
まず体勢を立て直したのは、医療機関。次に、外交機関。
おかげでこの国は、北の大国に飲み込まれることも、東の強国に支配されることもなかった。
大神は総理として国を動かしてわずか2カ月で、その職を辞した。
突然だった。ほとんど生活するには支障のないほど復旧が終わってすぐのことだった。
おそらく、彼は、彼らは。初めからここまで立て直したらその地位を投げ出すつもりだったのだ。
なぜなら、この国をここまで崩壊させたのもまた彼らだったから。
しりぬぐいをしっかりとして、そしてケジメをつけた。ということなんだろう。
ただ、まだ通信機関は復旧していない。通信会社が全力で動いているが、通信機器はほとんど使えない。
システムが全部死んでいる、という噂を聞いた。
学校なんてもっと復旧されてはいないけれど、学校の教員たちが団結して、暫定的教育支援団体を結集し、持ち場の学校で、授業を再開している。
給料はほぼ出ないけれど、教育者の意地というやつかもしれない。
もちろん全員ではないけれど、そのおかげで若い学生は学ぶ場、友人との共有スペースを得ている。

「ってか、律儀よね。私達。」
「何が?」
ジュルル。
ジュースを飲み干す。
食べ物はすぐ復旧した。
むしろ、食べ物の企業に関してはほぼ、損害がゼロだった。
国に輸入されたガソリンが底をついた時、一瞬だけ食べ物が臨時市場から消えたけれど、国光が以前開発していた新しいエネルギーカーがどこからか支給されたらしく、そのおかげですぐに食べ物に不自由しなくなった。
「だって、こんなの。公式に単位が出たりするわけじゃないのに。」
「うん。そうだね。修了証、もらえるかなぁ。」
「手作りのやつもらってもね・・・。国支給のじゃないと大学にも進学できないし。・・・ってまー。その大学もちゃんとあるのやら。」
「あ、首都大学は残ってたよ。」
「通るわけないでしょ。んなとこ。」
トップですよ。偏差値。
「でも試験とか?無理じゃん。うちら、強制浪人じゃない?」
「・・・留年かも。」
「ダブリーズにだけはなりたくなかったのにー!」
あはは、とマツリは笑った。
「・・・メグは?マツリ。」
いづみが突然真面目な声を出した。
「ん。・・・多分、屋上。」

屋上。
フェンス。
空。

「メグ」
「・・・ん。あー・・・なんだよ。」
寝ていたのか、つむっていた目を開き、すぐそばでのぞきこむマツリを見上げた。
「・・・。見えんぞ。」
「え?」
「なんでもねぇ。」
起き上がる。
「メグ。補講は?」
「受けてねぇ。」
「受けないとダブるよ?」
「課題もらった。」
「・・・あ、そうなんだ。出した?」
「できるわけねぇだろ。」
そうですよね。出てませんもんね授業。
「教えようか?」
「はぁ?」
「教えるよ。文系なら。」
「・・・いい。文系は。国語とか古典とか、教えてもらうもんか?」
「・・・英語は?」
「あのな。結局単語調べてしまいだろうが。」
「文法ってものがあるんだよ。」
「へーきだ。」
平気じゃない。
「メグ。」
「ん?」
「今日、一緒に帰ろう。」
「・・・・・・・おー・・・。」
「じゃあ、後で。」
「おー。」
マツリはメグに背を向け、その場を去っていった。
「変わんねぇな・・・。」

風が吹いた。

あの出来事から、時間は流れていったけど、気持ちはそんなに簡単に流れてはくれない。
むしろ息苦しさを伴う悪夢みたいに、忘れられない。
死んだと聞かされたのに、どこかで期待している。父親の存在。
あの日から大蕗 奔吾は姿を現さない。
大神は目立ったマネをしていたけれど、それ以外の人間は、あの出来事に絡んでいた人間はもう一度も目にしていない。
マツリは、やっぱり何を考えているか分からない。
いつものことだけど、感情を波打たせることも、もちろん放出することもない。一定。
奔吾のことも何も言わない。
国光で経験した苦しい実験のことも思い出してる様子はない。
あれは結構トラウマものなのに。
「・・・わかんねぇ、だけか。」
メグはひとり、呟いた。


「いづみ、部活?」
授業が終わり、マツリが帰る準備をしながら尋ねた。
「うん。やっぱ夏にサボってたぶん、取り戻せてないから。自主練。」
「そか。」
「あ、ねぇ知ってる?」
いづみが一瞬ためらったような顔をしてからそう尋ねた。
「何を?」
「最近、連続殺人が起きてるんだって。」
「・・ここらへんで?」
「や、ちょっと遠いんだけど。・・・多分、マツリも知ってる町でひとり死んだみたい。」
「どこ・・・?」
「・・・雨の日に。いた、廃屋がある町。」
「・・・。」
ゾルバの骨を、折った場所だ。
「なんか。それがね。被害者が、まだ2人みたいなんだけど、2人とも元国光の人間なんだって。」
「・・・え?」
ぞくっとした。国光の名前に。
「なんか、色々な会社の社長とか重役も最近殺害されてて、そいつらも元国光なんじゃないかって噂されてるみたい。」
「・・・噂。」
「新聞ないからね、まだ。地域のしか。本当かどうかも分からないけど。お母さんが言ってた。」
「・・・。」
「マツリ、関係はないよね。」
いづみがじっとマツリを見る。
「マツリが狙われるようなことじゃ、ないよね。もう。」
「・・・。うん。多分大丈夫。」
「・・・よかった。なんかあったら、絶対言って。今日はメグと帰るの?」
「帰るよ。」
「そう。メグによろしく。」
「うん。」
「じゃ!」
「じゃ。」
いづみは微笑んでから、走り去ってしまった。
国光をめぐる、殺人事件。
「・・・。大丈夫。」
呟いてみた。

「あれから課題できた?」
「やってねぇ。」
「やりなよ・・・。」
「分かったって。」
あ、絶対やらない。
もう、国光はないから、メグの優遇もなくなる。
出席日数とかも。全部、普通の高校生と同じになる。
だってもう『普通』だ。腕に化け物はいない。
「ネットとか携帯って・・全然復旧の目途がないね。」
「大神たちがまだ管理してるんだろ。」
「・・やっぱ意図的なものなんだ。」
「まぁ、大半の電波塔が使い物にならなくなったのは事実だから、その工事が終わっていないってのも要因だろ。」
頷く。
「大神とか、大蕗奔吾の組織が1・・・。」
「うん。」
父の名前が出てきて一瞬どきっとする。
「なぜあの日まで国光崩壊を決行しなかったのか、少しだけ分かってきた。」
「え?」
「あいつら、崩壊が起きた後の後片付けのための莫大な金を、用意してたんだ。」
「・・・。」
「国光の金も、多分ちゃっかりくすねてあって、それを今の復旧資金に回してるんだろ。」
「・・・あぁ。そっか。そうなんだ。」
「俺の予想。」
「頭いいね。」
「ああ。だから英語は教えてくれなくてもいい。」
「・・・そう。」
もう何も言うまい。
「じゃあ、後で行くね。」
帰りの分かれ道。
「おう。」
「あ、これ。」
「ん。」
マツリが白い紙を渡す。
「買っておいて。」
「・・・おー。大根はあるぞ。」
「うん、任す。適当でいいよ。適当につくるから。」
「・・・おう。」
「じゃ。また。」
「おう。」
マツリが手を振り、歩き出した。
「・・・。」
メグは買い物リストにもう一度眼をやってから、その紙を丸めてポケットに突っ込んだ。

―――ざわついていたから、足を止めた。
「・・・?」
マツリは人込みを見つけた。
「・・・何かあったんですか。」
近寄って行って、ヤジ馬に尋ねた。
「あぁ。今さっき死体が発見されたんだってさ。」
「・・・え?」
ぞくっとした。
「死体って・・・何の・・・」
「人間だよ。きっと例の連続殺人犯だ。」
もっと。
もっと。ぞくっとした。
「・・・・国光の・・・?」
誰にも聞こえないような声で呟いた。
時だった。
「動くなよ。」
背中に何かが触れた。突きつけられた。
そして男の声が耳元でささやいてきた。
「・・・誰」
マツリが振り向こうとした。
「動くなって言ったの、聞こえなかったか。」
さらに少しだけきつく突きつけられる背中のもの。
「・・・あなた、誰。」
「はは、この状況でもまだ訊く?普通。」
「・・・あなたが、やったの。」
「そう。」
「私を待ってた?」
「待ってたよ。」
「何故。」
「何故かな。」
男の声は、ささやいているくせにやけに鋭い。
「大蕗マツリ。ゆっくり歩いて、ユーターンしろ。それからまっすぐ歩け。後ろを振り向いたら、死ぬぞ。」
「・・・・。」
マツリは黙って言われたとおりにユーターンした。
しかし男の姿は確認できない。器用にマツリの真後ろにくっついたままユーターンしたらしい。
「・・・どこに行けばいいの。」
「冷静だな。噂どおり。」
マツリはちらりと周りを見る。全員が殺人現場に釘付けでこちらに気づいていない。
背中に何が突きつけられているかは分からない。でもおそらく殺傷能力のある何かであることに違いないだろう。
「国光の・・・人間?」
「黙って歩け。」
「・・・。」
マツリはまだあった訊きたいことを飲み込んで前を見て歩いた。
背中の感覚が消える。人目を気にして離れたらしい。
「・・・後ろにいる?」
「いる。振り向くなよ。」
ですよね。
足の向かう方向をいちいち指示される。
「・・・この道・・。」
聞こえないくらいの声で呟く。
知っていた。
この道は、よくよく見知った道だった。
ガシャーン!!
いつもの、音。
「・・・此処でいいの。」
「ああ。いい。」
「なんで此処に?」
「誰も来ない。たとえ一人くらい人間が死んでもな。」
「・・・。」
廃工場だった。
「あなたは誰。」
振り返りかけたところでまた背中に突きつけられる冷たい感覚。
「振り向くな。まだ。」
「・・・何故。」
「お前は、ヌメロゼロか?」
「・・・・・・・・・・・・。大蕗マツリだよ。」
ゴクンと飲み込む、なにか。
「私に用?」
「ああ。」
「殺すため?」
「今のところはその目的はない。」
違うのか。
「どうして人を殺してるの。」
「どうして?愚問だな。」
「愚問かな。」
マツリは世界の端っこを見つめた。あの場所だ。幼い頃、血まみれで座り込んでいた場所。
自分の最果て。原点。
「お前だって、恨んでないわけじゃないだろ?国光を。」
「なんでそう思うの。」
「お前がブラックカルテだからさ。ヌメロゼロ。」
「・・・どういうこと。」
「身体をいじくられ、脳をいじくられ、完全な幽閉、完全な不自由。人間としての存在の否定。」
「・・・。」
「これだけ同時に陵辱される経験って、他にないぜ?なあ?」
「・・・あなたは・・・・ブラックカルテなの。」
「正しく言えば、過去はね。」
「・・・。」
思い出してみる。いただろうか、他に。他に、男のブラックカルテ。
少なくとも何人かまだあっていないブラックカルテがいたことは知っている。
そのうちの一人か。
「・・・それで、復讐しているの。」
「そう。復讐。かっこいいな。その言い方。」
「・・・かっこよくなんてないでしょ。」
「は?」
怖い。この人。
「殺して回りたくもなるよ。回りの人間もさ、何人も殺されていった。ひどい実験を受けてさ。お前は知らないだけだ。あの場所が、実験的殺人の場だってこと。」
「・・・殺されたら、殺していいってこと?」
そう言った瞬間、背中に痛みが広がる。
「・・・っ。」
突きつけられていたのはナイフだったらしい。少しだけ、傷をつけられたようだ。
「お前、キレイゴトだな。気持ち悪い。」
マツリはかたく目を瞑った。
「・・・誰・・・。」
「は?」
「殺したのは。誰。」
「・・・。俺の専任研究者2人。その他もろもろ、お前は知らない奴だと思うよ。心配しなくても。」
「・・・。まだ殺すの。」
「あぁ。殺すよ。殺して、殺して。殺して、殺して、殺し続けてやる。」
「・・・・ッ。」
殺気が、身体を蝕んでいる。
「お前の専任誰だったっけ。リクエストがあれば、次に殺してやるよ。」
「・・・やめて。」
「かばうの?お人よし。」
「悪い人じゃなかった。」
「・・・悪、とか、正義ではないよ。実行したか、しなかったかだ。」
だめだ、何を言ってもこの人にはきっと通じない。
「・・・確か、あぁ首都のあの施設のトップだよな絶対。じゃあ、・・・河口か。」
「!」
「あ、アタリ?ま、確かにね。あの人はマシだった。でもあの人は個人的にブラックカルテに対して恨みがあったからね。」
「・・・恨み?」
「殺されたんだよ。恋人を。」
「・・・・・・・。」
汗が出る。
そんなこと、知らなかった。
だって、あの人は不器用で。でも、それでも、私を人間として扱ってくれていた。
化け物じゃなくて。
「河口さんは・・・生きてるの。」
「知らないよ。死んだんじゃないの。あの実験棟にいた人間はほとんど死んだぞ。」
「・・・・・っ。」
ぎゅっと、目を閉じる。
「それで。私に、何の用なの。」
「用がある。2つ。」
「・・・何。」
ドカ!
「っ!」
肩から地面に落っこちた。
斜め後ろから右の頬を殴られて、倒れた。
痛い。
顔を上げる気にならない。しばらく冷たい床で体を冷やしていたくなるような激痛だった。
「1つは、大蕗奔吾の居場所を教えること。」
冷たい声が響く。
「もう1つは。」
ぐい!っと胸倉を掴まれて上半身を起こされた。
「返せ。俺の、化け物。」
目の前にあった顔は、綺麗なブロンド髪の毛の、綺麗な外国人の男の子だった。


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