ダブリ8


「時々。私なんか、いてもいなくても、同じなんじゃないかなって思うんだよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
非常階段。
振りかえったマツリが、いつもどおりの無表情だった。
夏服が白い。
空が青い。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
一瞬二人が無言になった。
「・・・・・・・・・・なんて・・。」
私が、呟いて笑った時。
「・・・・でも。」
「・・・―――。」
「でも、いづみは此処にいるじゃない。」
あの目が、強くて、救われた。



そして今。
いづみの目がメグを睨んだ。
同じ、非常階段で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ。」
メグが言葉をなくした。
「あんたがやるべきことなんて、分かってると思うけど。」
「・・・・。」
「マツリが笑うまで、、あんたを信じない。」
「・・・・・・・っ!」
そう言った、いづみに。
『恐怖』なんか感じなかった。
ぴたっと、止まったままの、左手。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その夕方。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかめっ面交じりのメグが。マツリの家の近くに立った。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
あまりに普通すぎる住宅通り。空が灰色と白だ。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
じっと、マツリの家を見た。
「・・・・・・・・・・んだよ・・・・。」
呟く。
家に気配なんか感じなかった。
家に、光なんか灯らなかった。
あいつは、何処に行った?
 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
永い沈黙に、耳鳴りを覚えた気がする。
冷たい床。
静かな屋根。
暗い、世界。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
落ちるように、また、眠っていた。

 

「メグ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ッ?」
「あなた、メグでしょ。」
振り向いた、後ろに。
なんで誰も知るはずのないマツリの家の前に、自分のほかに自分を知る人間がいるのだろう。
「・・・・・・・んだ・・・。てめ・・・。」
「ははっ。」
笑う。楓。
「・・・・・・・・・ッ。」
なんだこの感じ。
「何してるのー?メグ。」
「・・・・・・・・・誰だお前。」
「・・・。ひっどいわねぇ。知らないんだー。」
「知らねぇよ。」
「探してたデショ。今日。」
「・・・・・・・!お前・・・。」
「楓。朝日奈 楓だよ。私が。」
にこっと笑った。かわいい女の子。
睨む。かわいい男の子。
「あははっ。」
「・・・っなんだよ。」
「全然似てないのねっ。メグッ。」
「・・・・ッ!てめぇ・・・っ。」
「だけど、嫌いよ。」
「!?」
「私、あなた、嫌いだわ。」
急に笑顔を消す、彼女の顔は。
殺気。
「・・・・・・・・・ッ!」
「茜には、関わるなって言われたけど。」
「!」
「そんなの。知らない。」
「お前・・・・・。」
「嫌いなさいよ。」
「?」
「私のこと、嫌いなさいよ。メグ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・なに言ってん・・・。」
「私は、あんたを喰らいに来たんだから。」
「・・・・っ!」
にっと笑った。その彼女が。
小さくて。怖かった。
「・・・・・・・・・・・。」

ブラックカルテ。
 

「椎名ァ!」
ガターン!
「!な、なになになに!」
容赦なしに思いっきり開けられた戸にビビる。
「ブラックカルテだな!」
「・・・・・・・。」
「あの女!ブラックカルテなんだな!」
掴みかかる勢いで、メグが椎名に問い出す。
「だからか・・・・ッ!だからアイツも来たんだろ・・・ッ!」
「・・・・・・・・・会ったのか?」
「会った!」
「・・・・・・・・・・・。とりあえず落ち着けよ。」
手をのけた。
メグが興奮したまま立ちすくんだ。
椎名は柄にもなく、コーヒーを飲んで書類をしていたらしく、机の上に白い紙がばらまいてあった。
それを、ため息と共に束ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「今、全部でいくつ。お前と同類のブラックカルテが存在するか知ってっか。メグ。」
切り出した、椎名。
「・・・・。」
「13だよ。」
「・・・・・・・・。」
「神様は、そうとう人間が嫌いらしい。」
笑う。
「生物の進化の課程で、突然変異なんてのはよく起こるもんだ。人間にもいくつもの突然変異が20世紀初頭から見られてる。」
「・・・・・・・・。」
「その中で、理解を超える変異が体に現われた看者のカルテが、ブラックカルテだ。」
「・・・・・・・・。」
「そしてそれは、どの分野からも、仮設すら立たせることができない新種の変異。それが、お前たち13人。」
「あいつは・・・。あいつも、暴食運動を、起こすんだな。」
「・・・・・・そうだねぇ。」
笑う。
「嫌悪か。」
「ご名答。」
「左手に・・・?」
「・・・・・。」
椎名が黙って、コーヒーを一口飲んだ。
「・・・・・・なぁ。メグ。」
「・・・。」
「変異のエスカレートが、起こってんの知ってるか?」
「・・・・・・・・・・。」
「お前の、暴食の化け物はブラックカルテ01だ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そして彼女は、12番目の変異者。」
「・・・・・・・・。」
「彼女の変異は、そんなもんじゃねぇよ。」



ガードを、歩きながら、メグは顔を歪ませる。
「・・・・・・るせぇ・・・ッ。」
小さい声で、叫ぶ。
「てめぇに喰わすもんは・・・ッねぇんだよ!」
酷くうずくんだ。
うずくんだ。左手が。
暗闇。
メグは歩き続けた。
「・・・・・・・・・・・。」
マツリの家の方へ。
もう一度。体をむけて、歩き始めた。
「・・・・・・・・・・・・ッ。」
うずく左手をぶら下げたまま。
「・・・・・・・・・・・・・あ。」
あの、工場跡だ。
脚を止めた。
夕闇のなか、影だけが浮ぶ。
少し、ぞっとした。
「・・・・・・。」
通り過ぎようと思った時だった。
「待てよ・・・?」
立ちどまる。
そういえば、マツリの家には人の気配がしていなかった。
「・・・・・・・・まさか・・・。」
そう思って、脚をむけた。時。
ガシャアアアアアアアァァァァァァァァン!!
「ッ!!!????」
なんか、凄い音がした。
メグは走り出す。
バッと、中に入った。
壊れて隙間のできた壁から。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
声も出さずに中へと、走った。
そして。
カラン・・・。
割れた破片が、転がる音。
なにかが共鳴して、響いた音が、まだそこにあった。
そして。
「・・・・・マツリ!!!!」
メグは大きな声で叫んだ。
そこにマツリが倒れてた。
その横に、砕け散った椅子と。
ぐちゃぐちゃになった、壁。
粉々になったガラス。
べこべこになった、そこらへんのもの。
メグは走り寄った。
マツリの意識はなかった。
「おい!マツリ!」
駆け寄って、抱き上げた。時。
「・・・・!」
冷たかった。
氷のように。
冷たかった。体。
「・・・・・・・・いつからいんだよ・・・ッ・・・。」
ぐったりとした彼女の顔は真っ白だった。
「・・・・・・・ッ。」
周りを見た。メグは、一瞬息を呑む。
「・・・・・・・・・・・・・・・コレ・・・・・・。」
マツリがやったのか。
ゴクン。と息をのむ。
ぐちゃぐちゃだった。
あたりにあったものが片っ端から、壊れてた。
「・・・・・・・・・ッ。」
マツリを抱えあげた。
そして走った。
マツリの、家まで。

鍵は、開いていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
一度来たことある。
この家。
前と同じ印象を受けた。
独りにしては、寂しすぎる。
暗い部屋。
「・・・・・・・・此処、か?」
二階に上がる。
マツリの部屋を探す。
それらしい部屋を見つけて、扉を開く。
多少の緊張。
ガチャ・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
正解だった。
正解だったけど。
「・・・。」
マツリを担ぎ直し、ベッドに歩いた。
「・・・。」
殺風景すぎると思った。
自分の部屋よりも、ずっと。
広いからってのもある。
メグの女の子の部屋のイメージが大きすぎるのもあるかもしれない。
でも、この部屋。
ベッドと机と、本棚しか、ない。
綺麗にしすぎている、と言ったら聞こえはいいけど。
逆に不自然で怖かった。
「っと・・。」
ドサ。
マツリをベッドに降ろした。
もっと優しくおろせないものか。
「・・・・・・・・・いつからいたんだよ・・。」
真っ白のマツリの顔。
ピクリとも動かない彼女の体。
「・・・体勢、コレじゃ・・。」
きついだろな。
「おい、ちょっと起き・・・・・。」
言いかけてやめた。普通病人(多分)を起すか?
「・・・・・・・・・・ッ。くっそ。」
体勢を直そうと思った。けど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
いやいやいやいや。何考えてんだ俺。
結構弱いな俺の前頭葉。
バサッ!
なんとか、おさまった。
布団をかけて、へたっとメグは座り落ちた。
「・・・・・・・・・人って重い・・・。」
結構大変だったらしい。
「・・・・・・・。」
だけど、眠っててよかった、とメグは思った。
今、マツリに会うのは、本当は怖かったんだ。
自分が傷つけたのは、明白だった。
その重さも、想像に難くない。
そのマツリの目が、自分をどんな風に見るのか、それを確かめるのは怖かった。
それから、左手も。
うずいてしょうがなかったから。
マツリが起きていると、きっともっとうずくから。
食わせろと。
「・・・・・・・・・・・はぁ・・・。」
ため息をついて、その場に座りこんだままメグは目を閉じてしまった。
 


朝って、あっけなくくるよね。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
光が部屋に入ってきて、目を開ける。いつも、そうやって、朝が始まるんだ。
だけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。此処・・・。」
マツリが小さな声で呟いた。
「・・・・・・。何で、いるんだろう・・・。」
なんで、家でぬくぬくと寝てるんだろう。
たしか、工場にいたはずだと、認識していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
起き上がった。
そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
少年に目を止めた。
部屋で座ったまま、眠ってしまっている、彼に目を止めた。
「・・・・・・・・・・・・・・ん・・・。」
メグの目。
うっすらと、ゆっくりと、朝日に邪魔されて、開く。
「・・・・・・・・。っあ!」
声を上げて、メグが顔を思いっきり上げた。
「・・!」
そしたら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。あ・・・。」
マツリと、もろに目があった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも。
「・・・・・。」
でも、変だな。
「・・・・・・・・・あなた・・・。」
変だ。
「・・・・・マツリ・・・ッ。」
左手が。
「・・・・・あなた、・・・・・・誰・・・・?」
うずかない。

左手が、また、ぴたっと、止まったんだ。


何かを感じて、朝錬中のいづみが空を見上げた。
「・・・・・・・・・。なんか、嫌な色の空だなー・・・。」

 

「に・・言ってんだよ、マツ・・。」
「誰・・・。」
まっすぐな目で、あの目で。
あの、会った時のままの、目だった。
「どうして、私の部屋に、いるの?」
「・・・・・・・・・・・・ッ。」
「どうして、私は、部屋にいるの?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
頭がガンガンと鳴っていた。
なにかに。打たれたような。音。
「お前・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・俺が、怖くねぇのか・・・?」
「・・・・・・・・・・どうして?」
マツリだ。
あの日の、マツリだ。
目が。
何を見てるかだって?
「俺が誰か、わかんねぇのか・・?」
「・・・・・・・・知らない。」
「・・・・・お前の名前は。」
「・大蕗・・・・大蕗 祀。」
「・・・・・・・いづみは・・・。」
「いづみ・・・?高橋 いづみ?」
「椎名は・・・・ッ。」
「・・・・・・椎名・・・・先生・・・・。」
「・・・・・・・・・・ッ。」
何も見てねぇよ。
なぁ。椎名。
 



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