ダブリ7


いつの間にか。
いつの間にか。転入生が入ったようだ。
だけど、誰も騒がない。国光関係からの転入生とは誰も知らないみたいだ。
きっと、知ってるのは、リョウとマツリだけだと思った。

世界は、淡々としてる。
すすむ時間軸。まわる世界に。
音も色もない。
転入生は、灰色がかった色素の薄い長い髪が綺麗な、かわいらしい女の子だった。
その髪を。襟足を残して高い位置でふたつくくりにして、小さなリボンが左の束にだけ見えた。
目が大きくて、背丈が小さかった。146センチだと、噂で聞いた。
声もかわいくて、すぐにクラスにも馴染んだみたいだった。
だけど、何事もなかったかのように、毎日は過ぎた。
世界は、淡々としてる。
知ってた。
そんなこと。


「朝日奈 楓らしいよ。」
「なにが?」
「名前―。」
「誰の。」
「転入生。」
「・・・あぁ。」
マツリが、あの非常階段で、ジュースの音を鳴らす。
「いいよねー。146センチ。私165あるからなぁ。」
いづみがぼやく。
「んー・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
いづみが横目でマツリを見た。いつもと同じように、あの目でなにかを見ている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ふ・・・。」
ため息をついた。小さく。
もう。
メグの話を、しなくなった。
マツリからじゃない。いづみからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何も、言えないような。空気と世界。
その目の深さは、以前の倍以上だと思った。
もう、何も見えてないんじゃないかと、思った。
だって、マツリの目・・・。


「リョウ、・・・リョウ!」
「ん?あっ。いづみぃー。」
「やっほー。」
ひょいっと平均台に腰をかけた。いづみ。
「なに、サボリ?ついにいづみも。」
「違うわよっ。美術!風景画だから、外なの。」
「ふーん。」
「・・・・・・・・マツリ。最近会った?」
一気に神妙な顔をして、切り出した。
「・・・会ったよー。」
「変わったよね。」
「変わったー。」
空を見ながら、チュッパチャップス。
「・・・・・一瞬、色づいたマツリの目が、また・・・。」
「元に戻ったね。」
「・・・・・・・ううん。」
「・・・・・・・元より・・・・。ひどくなった・・・?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・うん・・・。」
リョウが、何かに頷いた。
「原因は。メグだよね。絶対。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・いづみ?」
「・・・・・・だよね。」
それしかないもの。
「・・・・マツリ。」
「ん?」
いづみが呟いて、リョウは、いづみを見た。
「マツリさ。」
「んん。」
「私が始めて会った頃の、マツリはさ。」
空が青い。握るスケッチブック。
「今と同じくらい。酷い目してた。」


―― 高校、入学。
春と桜と。世界の青さ。
そんなものを噛みしめながら、大体の新入生は、新しい制服を着るんだよ。
「4組かー・・・。」
私の中学からこの高校に入ったのは、私とたったひとりの男子で、初めの頃はだいたい一人で行動してた。
春先。
再生紙でシワクチャのプリント。握りながら、廊下を歩いた。
「あれ・・・、どこ、ここ」
美術室に行かなくちゃいけないのに、私は理科棟に来てしまっていた。
「・・・・・・。やべ。」
後ずさって、そして来た道を戻ろうとしたときだった。
ドス・・ッ
「わ・・・ッ。」
ぶつかった。ありがちな話だったけど。それが、マツリで。
「・・・・あ・・っ。あの・・・。」
第一印象は、目の強い子だなって思った。
「ごめんなさい、美術室って、何処だか解ります・・・?」
「・・・・、解らない。」
「・・・・・あ。・・・っていうか、同じクラス、だよね・・・?」
気が付くのが遅かった私。失礼だ。
でも、真正面から彼女を見たのは、あれが初めてだったんだ。
「うん。」
「えっと・・・・。」
「大蕗。」
「あ・・・大蕗さん・・っ。え、大蕗さんも、美術専攻?」
「うん。けど、此処じゃないみたいだね。」
「・・・・・・。」
話してるのに、話してない気がした。
見てるのに、見てない気がした。
あの子の、完全なる印象は、孤独だった。
覆う黒い幕。
「・・・・あ、あっちかな。」
大きな窓から見える、別の棟。
「そうかも。あっちは家庭科室とかあった気がするけど。」
「・・・・・・そ、そっか。行ってみよっ、とりあえず!」
私が歩きだした。マツリも、歩きだした。
緊張した。
人見知りするほうではない。
だけど、彼女と話す時は。緊張した。
目を見ていると、吸い込まれそうだと思った。
彼女の眼の奥が漆黒の世界から灰色の世界へ変わったのは、ソレから後の話だ。
その時は、無事に授業にも間に合って、美術室に着けた。
授業終わり。
「高橋さん。」
呼び止められて、見上げた。
「さっきはありがとう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・や・・。ううん。こちらこそ・・・っ。」
笑顔で返した。
そしたら。あの子は、ちいさく微笑んだ。だけど、その笑顔すら。
その頃のマツリは、悲しかった。


「・・・・・なんか、その出会い聞いてても。あんたらどんな風にして仲良くなったのか、想像つかないんですけど。」
笑ってリョウが言った。
ははっといづみも笑った。
「うーん。それ、言われると思った。」
「はは。」
「なんだろうねー。うーん・・・・・・・・。きっとさー。」
「・・・・?」
「特別な出来事なんてなかったよ。」
「・・・・・。」
「いつのまにか一緒にいて。多分、居心地がよかったんだよね。」
「・・・・・・・。」
「マツリは、何も言わなくても、解ってくれてることが殆んどで。・・・何回も救われた気がする。」
微笑んで、いづみは、言う。
その、優しい顔に、リョウは笑った。
「それ、きっとマツリも同じだよ。」


「おっマツリっ。いい所にっ。」
手を振って、後ろから呼びかけた男が。
「・・・・・・?」
椎名が、振り向いたマツリに、ギクッとした。
「・・・・・・先生。」
「・・・・・・・・・・・・・・マツリ・・・っ。」
「・・・・・・・?」
「・・・・・・や。何してんの?中庭で。」
「美術。風景画です。」
「へー意外。書道専攻かと思った。」
「この中庭、保健室からも見えてたんですね。」
「そーだよ。・・・・・・・・・・・・。マツリ・・・?」
「はい?」
「・・・・・・・・・・・メグに・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・メグに、最近会った・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
無言が答えだ。
「や、会ってなかったらいいんだけどね。」
悲しく微笑んだ。保険医。
「こっちおいでよ。」
手で招く。
「・・・・・・・・・・授業中ですから。」
「ばーれやしねぇよ。なんなら俺が描いてやる。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
窓から入る。保健室。女の子が、入る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「お酒は飲みませんよ。」
だってこの間、匂いでばれたから。
「んー、メグにも飲ますなって言われたしね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
そんなことを言ったんだ。
「はい。」
かわりに出てきたのは、麦茶だった。
「・・・・。・・・・用件は・・・。」
「つれないねー。用件がなきゃ話さないのー?」
「・・・だって。私に話があるから、呼んだんでしょ。先生。」
「・・・。」
まっすぐ椎名を見る。彼女の深い目。
もう、全てが見えているように言うマツリ。
椎名はため息をついた。
「・・・・・・・・・・。メグに、なにか言われたか?」
「・・・・・・・なにも。」
一瞬締まる。胸。
「・・・・・・・。」
「・・・。」
無言が答えだ。
「・・・先日、国光の奴らが来ただろ。」
「はい。」
「あいつは、国光と因縁があってなー。」
「・・・・・・え・。」
驚くべきことだった。ソレ。
だって、あの国光だ。
「今はあまり、メグに近寄らないほうがいい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
真剣に椎名が言ったから、マツリは何も言えなかった。
「話はソレだけ。」
にこっと笑う、椎名は、いつもの椎名に戻ってた。
「じゃ、描いてやるよ。風景画でいいんだな。」
「えっ・・。いや・・それ・・・。」
「気にすんなぁ。俺、美大と一瞬迷った人間だから。」
「・・・・・。」
それも困る。
「ねぇマツリ?」
「・・・・。」
「神なんてモン、信じてる?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
鉛筆をスケッチブックにこすらせて、椎名が静かに問う。
マツリの答えは返らない。
「いないって。思ってそうだね、マツリは。」
「・・・・・・だって。」
「・・・。」
「いるんなら。」
シャッと。鋭い紙をこする音。
「いるんなら、私なんか。もう、裁かれてる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・じゃあ、俺も、だな。」
振り向かず椎名が言った。
沈黙の中、鉛筆だけが鳴いていた。
「じゃぁ、一体。」
「・・・。」
「一体何が、俺達になにかを与えるんだろうね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
風が。気持ちいいまでに、髪を揺らした。
「・・・・・・・・・・・。」


「ま、マツリ・・・!これ、あんたが描いたの!?」
「・・・・う、うん。」
「すっげー。」
周りがマツリのスケッチブックを見てざわめいた。困る。
「中庭?」
「うん。池があるところ。」
「あー、温度計があるところの近くね。」
頷く。
その紙切れは、美術室に飾られることになった。

誰もいなくなった特別教室は、怖いほどに静かだ。
明かりもなく、薄明るい影を作る。
そこに、影。
独り。



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