ダブリ6


なんだったんだ。あの彼女は。
「・・・・・・・・・・・・・。」
ぼんやりと肘をついて、思い出す。カーテンのしまった自閉空間。
この部屋で夕方過ごすなんて、最近までなかったことだったのに。
うっすら夜が来た、色が、部屋に漏れる。青の世界。
「・・・・・・・・・・・・・。」
あんな彼女は見た事がない。
出会った頃の彼女は、自分を諦めていて、見ている世界が優しいのに灰色だった。
泣きだした彼女は、なにかの枷が崩れ去って、不安定に見えた。
今回のあいつは、なんなんだよ。

白い世界。
 


「マツリっ」
「・・・あ。」
椎名がマツリを呼びとめた。
おいで、おいで。
「?」
保健室。久しぶりだな。
「・・・・なんですか?」
「もう帰宅ー?」
カコン。
氷をグラスに入れた。
「・・・あ、はい。テスト期間ですから・・。」
「ちょっと話しようぜー。はい」
「・・・・・。・・・・・それ」
「お酒。」
「・・・・。私未成年ですよ。」
「腹割って話すのはコレが一番いいんだよ、っと」
タポタポ、バーボンをついだ。
「・・・・・」
マツリは黙ってソファーに座った。
「・・・・・はら。割る意味、あるんですか?」
「んー・・・?」
「・・・。」
バーボンの蓋を閉めて、椎名は笑った。
「マツリの、顔がねー。」
「・・・・・・・・?」
「マツリの顔が、会った頃から、随分変わったみたいだから。」
「・・・・・・・・・・。」
「特に最近、急速に色が変わったみたいに、」
「・・・・・。」
「変わったからね。」
にっと笑った、椎名の目が。
すべてを見透かしていそうで、苦しかった。
「・・・・・・・。先生」
「・・・ん?」
「・・・・私、変ですか」
「・・・・・そうだねぇ」
カラン。
「人間っていうのはさぁ」
「?」
「変な生き物だからね」
「・・・・・・・・。」
「変な言い方だけど、出会った頃より人間らしい顔してると思う、かな。」
笑う。いつも。
「・・・・・・・。・・・・・・・メグが。」
口を開いた。マツリ。
「メグが・・・。怖くなったみたいなんです。」
「・・・・・・・・・・・・・。と、いうと?」
「・・・・・私が、メグを。怖くなったみたいなんです。」
「・・・・・・・・。あの化け物の話かな。」
「・・はい。」
「あの化け物が、君を食おうとしたのか?」
「・・・・・・・・・はい。」
「・・・・ふーん。」
ため息混じりに、座りなおした。バーボンを一口。
「・・・・・・・・・私。変わったのかな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・変わったと思うよ。」
「・・・・・・・でも、メグに対する印象も感情も変わってない。」
「・・・・・・・うーん・・・。」
「だけど、メグが傷つけたのは、解るんです。」
「・・・。」
「こんな風に怖いとか、思われること。一番きついのは、メグなのに・・・。」
「・・・・・。」
そうだな。
「・・・・今度こそ・・・嫌われたと、思うんです。」
「・・・・なんで?」
「だって・・・。凄く、メグが、私・・・・・。」
「・・・?え、なんか、あったの?」
「・・・・・・・・」
あぁ。きっと。
私、あの時払われた手が、随分痛かったんだな。
「・・・・・・・・・・あー・・・」
その話を聞いて、椎名が漏らす。声。
このボケ男!と叫ぶ心。
「・・・・メグのこと、もしかして。避けてるデショ」
「・・・・・・・・・・。」
突かれた気がした。だって。
「・・・・・・図星?」
「・・・・はい。」
「・・・・マツリは、傷つくことが怖くなったんだねー」
「・・・・・」
「いやいや、人間らしくなったねってこと。」
「・・・・?」
「でも、マツリが避けなくてもいいんじゃないかなぁ。」
「・・・・・・・・・。メグには、メグを傷つけない子が、ちゃんといてくれるから。」
「・・・・・・・・・?」
「・・・・・メグのこと、怖くない子が、いてくれるんです。」
「・・・・・・・・・・。」
「だから、メグが私に無理に絡んでくる必要もないし、でも、気まずい気がして、避けてるのかも・・・しれないです。」
「・・・・・・・マツリ。言ってること、結構分かりにくいんだけど・・・。」
笑った。
「だから・・・・つまり・・・。メグが気を使うようなら、私が・・。」
「マツリー・・・。」
カラン。
グラスを置いた。
「人間関係はさ、お互いが作るものなんだから。」
「・・・・・」
「自分が引けば、どうとか、自分が犠牲になれば、どうとか」
ぎくっとした。
「そういうのは、反則だよー。」
「・・・・・・・・・・っ」
ぎゅっとグラスを握った。どんどん氷がとけてく。
「大切なのは、マツリが。」
「・・・・。」
「メグとはもう関わりたくない?」
「・・・・え。」
「メグの反応が今、どうとか。は、ほっといて。」
「・・・・・・私。」
「マツリが、メグを嫌いになったか、だよ。」
「・・・・・・。」
カラン。
マツリがぎゅっとグラスを握り、その手で口に運んだ。
「あ。」
椎名が声を漏らした。
ゴク・・・ッ。ゴッ・・・。
「・・・あー・・・あ」
「・・・・・・・・・っ」
カーンッ!
グラスを机に置いた。いい音がするな。
「・・・・強いのー?」
「・・・。知りません。」
だよね。
「・・・・・・私。」
「・・・・。」
「・・・私、メグのことは、嫌いじゃないです。」
「・・・。」
「・・・・だから、私の世界が、時々白くなるんです。」
「・・・・・・・・白・・・?」
「苦しくなる。」
「・・・・・・・・・。」
「私。・・・・・なんで、こんなに苦しいのかも、解らないんです・・・。」
「・・・・・・・。」
椎名がカラン、とバーボンのなくなったグラスを回した。
「自分のことが、人間、一番解らないからね。」
微笑んだ。
「・・・・。」
俯いた。
「・・・・ホントはレクチャーしてあげたいんだけど、やっぱりさ。」
ガタン。
立ち上がった。
「大事な事は自分で解らないといけないから。」
コポポ・・・。
新しいグラスに水を入れる。
「はい。」
「・・・・・・。」
マツリは黙ってそのグラスをもらった。
「先生には、解ってるんですか。私が・・・」
「・・・・ん?んー・・・。全部なんて、解らないよ。俺みたいな人間が。」
「・・・・・。」
「ただ。マツリ。」
「・・・・。」
「メグは、マツリのこと、大事にしてるんじゃないかな。」
「・・・・・・・・。」
それを、言われてみれば。そうかもしれない。
でも。
「・・・・拒絶されたのに・・?」
「・・・・拒絶なのかな、ソレ。」
「・・・・・・・?」
「もう少し、メグも信じてあげなよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ゴク・・・。
冷えた水が、頭に響くように流れた。
「・・・・・・・・・はい。」
「また、なにか話があれば、飲みにおいで。」

微笑み。


「・・・・・・。」
考えることが、こんなに苦しめるなんて、知らなかった。
歩きながらマツリは思った。他人の気持ちとか、他人のこととか。
考えるのことが、こんなに、頭を悩ますなんて、知らなかった。
いつも、諦めてたから。
グラ・・。っとした。
あー。さすが、バーボンは一味違いますね。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・ぁ・。」
影が止まった。夕方の赤い光。あの繁華街。
目の前に。
「メグ・・・・・・。」
仁王立ちで立ってた。
「・・・・・よぉ。」
「・・・・・・・・・・・・ぁ・・・。」
逃げたくなった。
まだ、考えがまとまってない。どうしよう。
「メ・・・っ。」
「マツリ。」
「・・・・・ぅ、うん。」
「今日は、送ってやるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・う、うん」
赤い光。

ひたすら無言だった。横に歩くあの男の子。
「・・・・・・・・・・」
ちらっと。見た。
だけど、彼の顔はいつもより締まってて、かわいい、印象は無かった。
「・・・・・・・・・・あ・・。」
「あ?」
「・・・・・メ、グは。なんで・・・。あそこに・・・。」
「・・・・・・・昼間から酒飲んでる奴を待ってたんだよ。」
「!・・・えっ。」
「ちょっとだけ、酒のにおいするぜ。」
「・・・・・。知らなかった。」
自分の服を見てみる。
「・・・・・・・椎名かよ。」
「・・・うん。」
「・・・・・。」
メグは不機嫌そうな顔をした。
「・・・・ごめん。待ってたって、知らなくて。」
「・・・・んだよ。突き放したと思ったら、今度はまたソレか?」
「・・・・っ」
メグの言葉に、突かれた気がした。
「・・・・・・・・。」
いつものガードを、今日はメグと一緒に、横目で歩いた。
「・・・・。メグ・・・。」
「・・・・・マツリ。」
「・・・・なに。」
「無理に関わろうとしてると思うか。俺。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・つぅか、そんな、めんどくさいこと、する奴か?俺。」
どこでついた印象だ?
「・・・でも。メグ。」
やっぱり今日も、メグの右側を歩く。
「私といたら、気を張りつめなくちゃいけないでしょう・・・?」
左側に私を絶対置かない。
「・・・・・・・・・・・・まぁな。」
否定をしない彼に、地味にショックを受けた気がした。
「・・・・側にいられるのが、嫌なのかと思った。」
「んでだよ。」
「・・・・・・手。」
「・・・・?」
「・・・手。払われたから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
真っ直ぐ歩く。
マツリの方が一歩リードして歩く。
「・・・。」
無言。
無言だった。
「もし、あいつがまた出てきたら、どうすんだよ。」
ぽつりとメグが言う。
「・・・・・・そんな配慮、今まで他の人にしてないのに?」
「・・・。」
メグは少し息をついた。
そこまで分かってるのに。なんで分からないんだろう。とか思う。
「・・・・怖いんだよ・・・・。」
「・・・・・。」
呟くように言った彼を、マツリは振り向いて見た
。真剣な目で、マツリの顔をメグが見た。
「また、飛び出してくるのが?」
「・・・違う。」
「・・・?」
予定外の答えが帰ってきた。
「・・・・・メグは何が怖いの?」
メグは。
「・・・。」
「今までと変わらねぇよ。」
「・・・・・・・。・・・自分が、怖いんだ。」
「・・・・・・・・。」
頷きもしなかったが、首を振りもしなかった。
メグが歩きだして、マツリに並んだ。
「・・・・・・・・・・。」
また。無言。
「・・・・・・・。そういえばさ。」
「あ?」
突然切り替わったかのようなマツリの一言。
「・・・リョウと、仲良くなれた?」
「・・・・・・・。あー・・・あいつか。」
「・・・。」
「仲良くって・・・もんじゃねぇけど。」
「うん。」
「ま、話くらいするか。」
「・・・良かったよね。メグのこと、怖いって言わない人が、現われてくれて。」
「・・・・・・・おぉ。」
素直なメグが、少し、もやっとさせた。こころ。
「ねぇメグ。」
「・・・。」
「メグはどうして、私に関わるの?」
マツリはもやっとした心をかきけしたくて、尋ねた。
「私に関わるメリットなんて。もう、ないでしょう?」
「・・・んだそれ。」
呆れたようにメグが言った。
「別にもう、珍獣でもないし、メグは気を張らなきゃいけないし。メリットないよ?」
「・・・・・・・。お前はメリットを求めていづみといんのかよ。」
「・・・・違うよ。」
呟く。
「友達だから。」
ねぇ。
「好きだから。」
ねぇ。メグ。
「好きで一緒にいるんだよ。」
私。
「・・・・・・・だろ。」
メグが呟いた。
「・・・・同じだろ。」
夕焼けで良かったと思ったの。
この瞬間。

だって。
びっくりしたから。
耳が熱かった。

「・・・お前んち、どこだよ。」
結構歩いた。
「もう、そこだよ。」
「・・・。」
「そこ、曲がってすぐ。」
「マンションか?」
「一軒家。」
「・・・・・・・・・・・・独りで・・?」
「そうだよ。」
さらっと答えるマツリを、メグは黙って見た。
そうやって、着いた。マツリの家。
「・・・・・。」
普通の一軒家だった。
新しいわけでも古いわけでも小さいわけでも大きいわけでも、ない。
「・・・。あがってく?」
「はぁ!?」
なに、その反応。
「・・・・だって、せっかくだから。」
「おま・・ッ。ばっかじゃねぇのか?!」
「何が。」
「お前、襲われそうになった奴家に招き入れんなよ!」
「何。最近はたたないんでしょ。」
「だから何さらっと言ってんだよ!」
叫ぶ。
「いいよ。コーヒーくらい。あるから。」
「・・・・・・・・・・。」
負けた。


寂しすぎると思った。

この家。
独りで暮らすには、広すぎると思った。2階建ての一軒家。
「はい。」
「おぅ。」
アイスコーヒーが出てきた。
「ずっと、独りなのか。」
「ううん。小学校卒業までは、お父さんのおじいちゃんがいてくれてた。」
「・・・。」
もう、4、5年間も、ここで独り暮らしなんだ。
「・・・・リ。」
「あ?」
マツリがなにか言いかけてやめた。
「・・・・。・・・・リョウ、も。怖がらせたいって思う?」
「・・・・・・。」
「私みたいに。」
私にしたみたいに。
「・・・・・・・・・・・あ。いや。そういや、思わねぇなー。」
思い出したかのようにメグが言って、コーヒーを飲んだ。
「・・・・。」
ちょっと。もやっとしたのが取れた気がした。
「変わったね。メグ。」
「・・・・・そうだな。」
素直だ。
「お前と会った頃ってのは。そうとう、暴れてたからな。」
「・・・・・・・いま。喧嘩とか・・・、しないの?」
「しねぇよ。最近は。」
マツリが座ってメグと向かい合わせる。
「・・・・ふーん。」
「・・・・・・・・・・・・んだよ。」
「ううん。」
夕日と、作ったようなこの会話に。なんだか変な感じがした。
「・・・・・・・そういや、リョウのこと、やたら気にするな。マツリ。」


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