ダブリ5


鮮烈だった。
灰色の世界からの脱却。
それ、白くぼやけた光に、包まれそうになった。
「・・・・・・・・・・・ッあ・・!」
白いメグの左手に巣食う化け物が、飛び出して。あの恐ろしい顔が。そこにあった。
「やめろ・・・・・・・・・ッ!!!」
メグが叫んだのさえ、聞こえてたのかな。私。
ただ、あいつの目を、つぶれた目を、一瞬の瞬きもなく、見てた。
そして、赤い液体が、宙を飛んでるのを、見た。
「・・・・・・・・・・ッ」
怖いと思った。
「メグ・・・ッ!!!」
声を漏らすように叫んだ。
「っ・・・!」
メグが、右手を出して、左手の化け物の口に、つっこんでいた。
ブシュ・・って音がして。メグの歪みかけた、かわいい顔。右手からの出血。あぁ。
なんだこれは。
「・・・・・・・マツリ!!」
白い世界。白で途切れる。あの日の残像に良く似た世界。
そこに、落っこちちゃった。


「で、なんで君がまたいるの。」
「・・・・・・・・るせぇ」
「・・・・・・・とりあえず、その傷。見せなさい」
「・・・」
黙って差し出す深い傷のある右手。
黙って治療を始める保険医。
「・・・・力抜け、とは言わないほうがいいのかな」
「食われたくなかったら言うな」
「なるほどね」
椎名のその性質上、メグは気を緩めることができなかった。
いつあいつが飛び出してくるか分からないから。
「こんな風に地味に引き裂くのか、君の化け物は」
「主人を主人と思ってない奴でね」
「なるほどね」
なかなか激しい犬をお飼いのようで。
「マツリに会ったのか?」
「・・・」
「・・・・・なるほどね」
椎名がため息混じりに言った。
「で、君は俺の忠告を無視して、しっかりマツリのこと。知っちゃったわけだ。」
「・・・・」
全てを見透かす。
椎名の金髪。きらきらさらさら、うるせぇよ。
「で、なんで自分の手なんか食わせちゃったの?君らしくない。」
「・・・・こうでもしなきゃ、止められなかった。」
「・・・何を」
包帯をきつくしめた。痛んだ。
「オレの、犬。」
「・・・・・前頭葉(りせい)?」
「下品なこと言うな。」
このやろう。
「・・・マツリを喰おうとした」
「・・・・・・・・・・・・・なんで今更」
「あいつはお前とは正反対だったから」
「・・・なるほどね」
気を緩めてても、大丈夫な相手だったわけだ。
「いきなり怖がられちゃったんだ?」
手当なるものは終わったみたいで。椎名はまたバーボンを片手にソファーに腰掛ける。
「・・・・ちげぇよ」
「・・」
「ずっと、本当は怖かったんだ。」
「・・・・・」
「それでも、傷つけられても、いいって。思ってたんだ。」
「・・・・・・・・・・なるほどね」
息をつく。
「で、どういう風の吹き回しで此処に来たわけ?お前。」
「・・・・・・・」
「いつもなら、どんな傷負っても、自分で何とかしてたんだろ?前もそうやって適当にしてたから傷が開いて倒れてただろ。ってあーあ。もう夜明け前だぜー。」
「・・・家にいれねんだよ」
「なんで」
「マツリがいるから。」
「・・・なに、お持ちかえり?」
「倒れた。」
「・・・」
「あいつの家がわかんねぇから、とにかく俺ン家に連れて行くしかねぇだろ。」
「・・・側にいてやったら良いだろ」
「怖い。」
素直に言った。似合わない言葉がメグの口から出てきた。
「またいきなりあいつが飛び出してきて、マツリを食おうとするかもしれない。」
母さんみたいに。傷つけることになるかも知れない。
「・・・・少し離れとけばいいだろ。此処まで来る必要性がねぇ」
バーボンを飲んだ。
「・・・・・・・・・・・お前。できんのかよ」
「・・・・・・・・・どうだろうねぇ?」
カラン。
氷。
「・・・・・・・無理だろ」
「・・・無理、かなぁ。やっぱ。」
「・・・・・無理だ。」
「・・・・・・・・・好きな子が、側にいたら、触れたくなってしまうものだからね。」
「・・・・・・」
「否定しないんだ?」
あっさりと否定しないメグにまた意外さを覚えた。
「前半は頷けねぇ。・・・・だけど」
「触りたいの?」
触れたい。
「あいつが折れそうだから。」
「・・・・・・・・・・・ふーん。」
ふっと保険医が笑う。
「理性と葛藤のすえ、此処に来たってわけか。」
「・・・・・」
「いい子だなお前」
「るせぇ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぼんやり、真っ直ぐ見えたのは。天井だった。
「・・・・・どこ・・・」
薄暗い世界。だけど青が見える世界。この色は夜が明けた部屋の色だ。
「・・・・・・・・」
起き上がった。
白いベッドの上。さっぱりとしすぎている部屋。
「・・・」
机の上。並べてずっと置きっぱなしのような。うちの指定の教科書。
「・・・そうだ・・っ。メグ・・っ」
赤い血が、鮮明に思いだされた。
体を見る。だけど、マツリは何処も傷ついていなかった。
だけど、確かに制服に残る血痕。メグの血だ。
「・・・・・・此処・・・。」
メグの家だと、分かった。
シャッとカーテンを開けて外の世界を見た。
知ってる世界だった。
ここらへんなら、何処だか分かる。
「・・・・・・・」
カーテンを閉めた。
「・・・・・メグ・・・?」
周りを見渡して、でも、どこにも彼はいなかった。台所への扉を開けても。
「・・・・・・」
独り暮らしにしては少し大きめのこの部屋。どうしたらいいんだろう。
「・・・・」
マツリはとりあえず。ベッドに腰をおろして、カーテンを見つめてた。
「起きたか」
「!」
後ろから声がして。ふりむいた。
メグが包帯を巻きつけた右手をぶら下げて帰ってきた。
メグはマツリが起きていてほっとした。
「メグ・・・っ」
立ち上がった。
メグは瞬間にぎくッとした。
それはマツリにも伝わって、彼女は止まった。
「・・・・あ・・・。ここ・・・やっぱりメグの家だったんだね・・。」
「おぅ・・」
ぎこちない空気が流れた。
「もしかして私。倒れた・・・?」
「おぅ・・」
「そっか・・・。」
「・・・お前の家がわかんなかったから、とりあえず連れて帰った。」
「重かったでしょ」
「そこ、気にする点か?」
メグは朝食の用意を始めた。パンを取り出してコーヒーを入れ、座った。
「・・・」
突っ立ったままのマツリをメグが見た。
「座れよ」
「・・うん。」
座った。
「なんもしてねぇよ」
「・・・・そこ、気にする点なんだ?」
「・・・・るせぇ!」
マツリは小さく笑った。メグは言葉が詰まった。
「どこ行ってたの・・?」
いただきます、と呟いて、マツリが聞いた。
「椎名ンとこ」
「・・・・なんで?」
「・・・なんでもねぇ」
「・・・・・・ケガ、したから・・・・・?」
マツリが右手を見つめた。
「ンな目でみるな。」
どんな目をしてたんだろう。
「・・・ちげぇよ。いつも自分で手当くらいする。」
「じゃあなんで?」
「・・・お前がいるから」
「・・・・」
沈黙。
「ごめん。ベッドとっちゃってたから」
「違・・・。ま・・まぁな。」
それでいいや、もう。
「?」


「まーったく。寝れなかったぜ、あいつのせいで。」
椎名がぼやいた。
ま、今日は学校もないからいいか。
「・・・にしても」
あいつ。変わったな。
マツリの手をせめて握っていてやりたい。
あの子の傷を、その手でふさいでやりたい。
そういう気持ちに支配される心を一方に、触れた瞬間あの化け物がまたマツリを襲うかも知れないという恐怖。
自分があいつを出さないようにすりゃなんとでもなるだろうが。
1%でも、その恐怖がぬぐえないなら、それは出来ない。と来た。
「・・・・・俺はいいってか」
そういうことになるよな。
その1%の恐怖を素直に怖いと言った。あいつは、変わったよな。
それだけ、マツリが大事な存在になってしまったんだろう。
どうしても、傷つけたくないんだろう。
「・・・・・・・・・・・はーぁ。青い春だよね、まったく」


「・・・・・・・・・・・・・」
でも朝食はそれっきり無言。気まずい。
「ありがとう。メグ。」
「あぁ?」
切り出したのはマツリ。
「全部。ありがとう」
「・・・・・・・・・・・・」
答えずに、ガコン。パンの袋をゴミ箱に突っ込んだ。
「・・・帰れるか」
「うん」
立ち上がった。
「傘」
「ん」
「・・・・・・・マツリ」
「なに」
真っ直ぐな目変わってない。けど。
「・・・・メグ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
明らかに左手がざわめいている。
「・・・・や。」
細い彼女が、つったってこっちを見てた。
やっぱり折れそうだ。
「じゃ。」
「おぅ」
ガチャ。
音がして。彼女は目の前にはいなくなった。
拳を握った。左手を握った。
地味に、ショックだった。
今更。
あの化け物がマツリに向かって飛び出してきたことが。
怖い。と、思われていることに、こんな風に傷ついたことはない。
「・・・・・っクソ」
ずるっと、落ちるように、座りこんだ。


「あ。マツリおはよー」
「いづみ。おはよう」
月曜日が始まって、いつもの日常がそこにあった。
「・・・・なんか、マツリちょっと違うー」
「え?」
「ぅーん。なんか、かわった?」
いづみがじっと見た。
「・・・うん・・・、少し、変わったかな・・」
ふっと笑った。
「うん。変わったね」
にこっといづみは笑った。
「明日体育水泳だよ、早いよねー」
「うん。」
他愛ない、話が。イツモ。だ。

「あれ、マツリじゃん」
「あ。」
声掛けられた、その子。
「リョウ。」
マツリが寄った。
「オハヨー。・・・謝った?」
「え」
「ほら。前言ってたデショっ」
「あ・・。うん。ちゃんと。」
「伝わったデショ?」
「・・・うん。多分。」
ふふっと笑ったリョウの金に近い茶髪が、透けてて、綺麗だった。美人だよね。このこ。
「マツリ」
いづみが言った。
「あ、いづみ。この子・・・」
「知ってる。」
「え・・・?」
「ん?」
リョウも不思議な顔をした。
「や・・・私、いづみ。高橋 いづみ」
「はじめましてっ★私、長谷川 寥」
「・・・・・・」
「マツリの友達だよねっ。一回いづみって言ってたし」
「・・う・うん。」
マツリが答えた。だって消えない。いづみの警戒心が。消えない。
「じゃ、またっ。今度昼飯でも食べよっ。じゃあね!」
そういってリョウが去ったとき。ほっとした。
「・・・・・・・・・・いづみ?」
「・・・マツリ。リョウと友達なの?」
いづみがこっちを見ずに言った。
「うん。」
即答だ。
「はぁ・・。」
「なんか、あるの?」
「いーえ。でもマツリってはぐれものが集まってくるね。」
「・・・・はぐれ・・・?」
「長谷川 寥っていったら有名人だよー。中学の時すっごい不良でって話。私の中学でも話題になったくらいだもん。」
「・・・・・・・・・・・へぇ」
意外だ。そうは見えない。
「で、この学校入ったはいいけど、メグにつぐ授業欠席率。」
「・・・あ、それ知ってる。」
「怖くないのー?」
それメグの時にも言われたな。
「うん。普通」
あ、でも。
「怖い物がないって感じは、するかな。」
「うーんつかみ所がない子らしいからね」
「いい子だよ」
「・・・ま、マツリが言うんだから、・・・・・・・どうなんだろ」
メグの前例があるからな。
でも、メグも結局普通の男の子だってわかったけど。
「じゃ。今度ちゃんと紹介してよ」
「うん」
頷いた。警戒心が、少し薄れたように思った。

 

「メグ」
「あぁ?」
椎名が、扉を開け、屋上に脚を突っ込むメグを呼びとめた。
「マツリの様子どうだ?」
「知らねぇよ」
「・・・・・会ったんだろ?」
「すぐ帰った。そんときは普通だったぜ」
そっけないな。
「腕は」
「普通だ。」
そんなに浅い傷でもないんだけどな。
ため息をついた。
「結局、触れなかっただろお前」
「・・・・・・・触れられねぇって言っただろ」
「・・・不健康的だぞお前」
知るか。
「あいつ、細いから。」
「あー華奢だよねー」
「折れそうだって思ったけど。・・・俺が支えようと思って触ったら、へし折っちまいそうだから。」
「・・・・・・あー。それ、抱きしめたいってことだよね。」
うるせぇよ。
屋上。なんで、保険医といなきゃならないんだろう。
分かってんだよ、お前に言われなくても。
 



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