「マツリ!」
がばっと
「いづみ」
抱きついてきたのはいづみだった。
「もーちょっと!!心配したよ!!」
涙目。
「ご・・・ごめん」
「だって帰ろうとしたら校門の前にマツリのカバン落ちてるんだもん・・!連絡とろうにも携帯カバンにあったしさぁ!!家電なんか知らないし・・!大丈夫!?」
心配性だな。それがいづみだ。
「うん。ちょっとマフィアに誘拐されただけ」
「はぁ!?」
ありえねぇ。

非常階段。昼休み。二人の場所になる。
「でもさーホント、もうメグとは関わらないようにしなよ?」
「んー」
「マフィアまで絡んできたら命がいくつあっても足りないよったく。」
「・・・・・いづみー」
「ん?」
マツリがジュースから口を離す。
「私って、闇が似合う?」
「は?」
じっといづみを見る。
「・・・・まっさか。」
いづみは呆れて言った。
「あんたは穏やかな世界が似合うよホント。」
「・・・・そっか」
「でもさー、メグってもしかして・・・」
「?」
いづみがペットボトルを開ける。
「マツリが好きなだけなんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない」
「あっは。そうよねー」
いづみが笑った。
「あいつにそんなかわいい男子の心があるとは思わないしっ」
「うん。昨日は本気で襲われたけど」
ブ―――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!!
いづみが本気でお茶をはき出した。綺麗な虹だ。
「ってまたかいぃぃ!!!」
「うん。ぅゎいづみ、ハンカチある?」
「あるわよッ。」
ごそごそ、スカートから取り出す。
「ってあんた・・・なにを能天気に言ってんのよ・・・?襲われたって・・・。ホント・・もー」
「あ、でもマフィアが来たから、また未遂だよ」
「んなこた関係ないわよ。もー・・・本当に好きなんじゃないでしょうね。」
ぶつぶつ
「え?」
「いーえ!ま、なんしか無事で良かったわよ。」
二日で2度も襲われるヒロインが過去にいただろうか。
「うん・・・」

ざわざわざわ・・・マツリが歩けばその音が付きまとう。
いつもなら心を静かにしているマツリもさすがに気になってきた。
メグの女だ。とか、誰かが言ったおかげで誘拐されたのは事実だし。
よいしょ、とプリントの束を持ち直した。
なにか遠慮していた先生から係りのプリントを奪うようにして持ってきた。
「・・・・・・・・おも・・」
結構重い。
「・・・。」
ざわめきが大きくなったから、マツリは階段の途中で脚を止め、見上げた。
「・・・・・・・・・・・・・」
上からメグが視線を縫って降りてくる。
「・・・・・・・・」
マツリは無言でまた歩きだした。
「よぉマツリ」
「・・・・・・・おはよう」
すれ違いざまに、マツリが呟くように返した。
「そっけねぇな。」
「・・・・」
振り向く。メグがかわいい顔で笑って見上げてる。
「今日は朝から学校来てるんだ・・・」
「学校におもしろいもんがいるからな」
「・・・・・なんでもいいけど、暴れないでね」
「なんだよ」
メグが笑った。
「ここ、学校だから。私。暴れられても、殴られても、怖いとは思わないから。」
「・・・・」
周りの視線が刺さった。
マツリがそのまま背を向けて階段をまた一段上ろうとした時だった。
「じゃぁどうしたら怖がるんだお前?」
グイッ・・・!!とマツリの細い腕をひっぱった。時。
グラ・・!
「ぁ!」
「!」
マツリのプリントはばらっと落ちてしまい、そして、彼女の態勢は崩れた。
ドドドドドッドドドどさ!!
落ちた。階段から。二人は。だけど。
「・・・・・・・・・・・」
マツリは無傷だった。メグが彼女をかばうように掴んで、背中から落ちていた。
「・・・・メグ・・・?」
周りがざわめいて人が寄ってきた。メグの意識がないように見えた。
「・・・・・!」
マツリは跳ねるように立ち上がり、メグを持ち上げようとした。
「・・・ん・・ッ」
重い。さっきのプリントの比じゃない。
「誰か・・手伝って!保健室に・・!」
マツリが周りを見た。だけど。そこには。
「・・・・・・・・・・・」
無言と伏せるような目しかなかった。
「・・・・・・・・っ」
それでもマツリは踏ん張った。ずきっとした。無傷なんかじゃなかった。右足から血が出てた。ずるっとメグの体がずらされる。
「や・・めろよ」
メグが言った。起きたのか。
「・・・・メ・・。・・・!!!」
マツリは驚いた。
昨日付けられていたんだろう傷から、血が滲んでいた。傷口が開いたんだ。返り血だらけでメグがそんな傷を負ってるなんてことは知らなかった。
「・・・・・」
マツリはメグを引っ張った。
「!マツリ・・・!」
その人だかりの円の外。遠くからそのマツリの姿をいづみが見つけた。
「ちょ・・!どいて・・!」
いづみが人の波をかきわけた。その時。
「そっち。持ってて。」
「・・・・」
マツリの目の前に、女の子が立っていた。金髪に近い茶髪のながい髪のかわいい女の子。ちょっと不良っぽいかな。
「ほら、そっちの肩、私こっち持つから」
「・・・・ぁ。う。うん」
マツリがどもって答えた。メグが浮いた。
「やめろって・・・・」
メグが言ったがそのふたりの女の子は無視をした。そのまま、彼は保健室に連れて行かれる。
彼にとってそれは、学校において生涯一番後悔と恥にまみれた日になっただろう。あの、メグが。女二人に担ぎ出されたんだから。

「・・・・・・・・・・はい・・!」
「いって・・・!!?」
マツリが包帯を切る。
「・・・・・・もうちょっと優しくできねぇ?」
「してるよ、私」
「・・・・」
マツリの治療は丁寧ではあったものの、なかなかの不器用さがのぞいていた。
薄暗い保健室。メグがベットに腰掛けてはぁ、とため息をついた。
「なんでかばったの?」
「あ?んのことだよ」
「さっき。落ちた時。傷口開くの分かってたでしょ」
「莫迦言うな。てめぇが勝手におっかぶさってきたんだろ。くっそ重てぇ体をよー」
「・・・・・私、45キロだよ・・・」
ばらすな。
「・・・いいけど。ごめん。」
「は?」
「あんなきつく言うつもりなかったの」
「・・・・・」
「ちょっと。周りの目とか。うっとおしくて。奴あたりしたかも」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
なんで謝るんだ。こいつ。
メグには分からなかった。
当然だろ。2回も襲われかけて、傷つけてやるって言われて、そんでそんなふうに気遣うなんてどうかしてるだろ。
「ごめん」
真っ直ぐの目で、メグを見た。
「・・・・・・ッ・・。」
うす暗闇。
「おやァ?」
「!!!!!!!!!!!!!!」
ガタ・・・と音がして。外の光と共に入ってきた金髪の長髪。
「だめだよー此処は男女の関係つくるところじゃないんだからー」
へらっと言った。白衣の男。まさか、こいつ・・・。
「先生」
そのまさかだった。マツリが駆け寄る。
「あの人、ちょっと傷が開いちゃって、階段からも落ちてしまったんです。」
「へー」
「治療、してもらえますか・・・?」
「んーまぁ。応急処置はするけどね」
ガタン。と救急箱を開けて言った。
電気は付けないんだろうか。この保険医。
色白で金髪の長髪。綺麗な顔立ちに長身だ。
メグはちらっとソファーと机をみる。
「・・・・・・昼間っから、勤務中にバーボン飲むなよ・・・」
「こらこら物色しなーい。」
「いでッ!!!いででででってめ!!」
「なんだ、応急処置事態は出来てるじゃないか。」
「あぁ?」
涙目で睨む。結構かわいいな。メグ。マツリが見ながら思った。
「あ、でも・・・ぼろぼろで・・・」
「ほー・・・。ま、いいんじゃねぇ?この悪がきには。なぁ?」
「こっの・・・腐れ保険医・・。・・・・・・・・・・・・。」
メグが一瞬止まった。
「・・・呪われた手ねぇ・・・」
「!!」
メグとマツリは体をこわばらせた。なんでこの人がそんなことを言うのか。
「先・・」
「てめぇ・・・」
「知ってるよ。左手だろ?」
「・・・・」
睨む。
「何処まで知ってる・・・」
問う。
「メカニズムなら一通りは。」
「・・・・・・・・・・・・・」
メグが警戒した。
「ある感情に対して暴食反応を起す体の気の様な物だ。その発端のメカニズムまでは知らんがね。何を食う?」
「・・・・恐怖だ・・・」
「そうか」
にっと笑って保険医はソファーに腰掛けた。
「お前・・・なんで・・」
メグが立ち上がり近づいた。
「おっと」
びくッ。メグの体が揺れた。
「触らないでくれよ?」
「先・・・」
マツリ。
「悪いけど俺は怖いんだ。お前が」
「・・・・・・・・・・ッ」
メグが止まった。
沈黙が流れた。薄暗い保健室。保険医はへらっと笑った。マツリにはまったくそうは見えなかった。飄々としていて、まったく怖がってなんていないと思った。
「・・・・・そうだな。」
メグがはっと笑った。そして
ガコッ
「・・・・・・・・・・」
ドアを蹴るようにして出ていった。そしてまた薄暗い教室に沈黙。
「・・・・・・・・・」
マツリが保険医の方に向き直った。
「先生・・・」
「んー?」
カコ・・氷とバーボンをグラスに入れた。ロックですか。
「どうして、あんなこと言ったんですか・・・?」
「あんなこと・・?」
「メグのこと・・・知ってた・・」
「あぁ・・」
ふっと笑った。
「そこの種明かしは、今は出来ないなァ」
「・・・・・・・・・・でも、じゃぁ。どうして。」
「?」
マツリをみた。無表情のまま、ぼんやり薄暗さに溶ける。
「・・・メグは・・・先生のこと。傷つけたりしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カコン・・・氷が鳴った。
「あんな風に・・・言ったら・・。メグが。」
傷ついただろう。きっと。マツリは思った。あの一瞬の彼の沈黙。同じ目を浴びたマツリには分かった。あんな視線に当てられ続けて傷つかないわけない。いくらメグがそいつらをどうも思ってなくても、どうでもよくても。
「あの化け物をメグが出さない限り・・・傷つけたりしないです・・」
マツリが言い切った。それはまるで。
「・・・・・・君は・・彼をかばうようだね。」
「・・・かばう・・・?」
マツリには解らなかった。かばったんだろうか。
「じゃぁ君は、怖くないのか?得体の知れないもの。傷つける可能性があるもの。それを隠し持つ彼。ひとつも怖くないのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「信用、しきれるか?彼を・・・」
「・・・・・・・・・・・メグは。」
マツリは掌を潰した。
「・・・・・・メグが。一番、自分を怖がってるから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「失礼します。」
そのまま回れ右をし、彼女はまっすぐ保険室を出た。
「・・・・・・・・・・・」
カコン。
一人残された。あの長髪の綺麗な顔の男。
「・・・・・・・・・・・・・・・・なるほどねぇ」

「ままままつりぃ!!」
2度目のがばっ。
「いづ・・」
いててて、きつく抱きしめすぎだ。
「もーなんでまたメグとー!!」
「あ・・うん。私階段から落ちちゃって・・」
「落ちたぁ!?!!突き落とされた!!??!」
「ちが・・。いづみ落ち着いて・・・」
間を置いた。
「え?メグがマツリかばってぇ!?」
「うん。だから、私がちゃんと手当しなきゃって」
「もういっそ保健室においときゃいいじゃん。マツリってなんか時々サムライだよね」
「なにそれ」
いづみは笑った。
「私さ」
「ん?」
マツリが口を開いて、空を見た。
「メグって本当は、悪い人じゃないと思うんだ」
「へぇ?!」
「傷ついてる。」
「・・・?」
「だって、今も。傷ついてる。あの人」
掌をあわして手遊び。
「本当は、人に拒絶されて、傷ついてる」
「・・・・・・・・・・・・。・・・・そう・・・かなあ・・・」
いづみは考え込んだ。
「私、探してみるよ」
「え!?」
「あの人、多分まだ学校にいると思うから。」
「ななななんでマツリ!?自分から・・・ッ」
「うん。いづみも行く?」
「・・・・・・・」
いづみはため息をついた。
「ホント、時々肝っ玉よね」

階段を上った。さっき落ちたところだ。そういえばプリントはどうなったんだろ。ま。どうでもいいか。マツリは黙って歩いた。まずはあそこだ。屋上。
「・・・・・・・・・」
いづみは黙ってついて来てた。6限はもう始まっていた。数学だ。サボリ。
ガコ・・
重い扉を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で。彼の背中をマツリは見つめた。空が痛いくらい青い。
「・・・・・・・・・メグ」
「・・・・・んだよ」
しっかりちゃんと答えた彼にいづみは少し意外さを覚えた。
ガ・・
戸が閉まる。あ!といづみが閉まらないように慌てて止めた。その間にもマツリはつかつかとメグに平気で近寄った。
「傷、ついた?」
「あ?」
マツリが横に座った。メグは少しぎょっとしてたけど、すぐまたまっすぐ前を見て、空を見る。
「・・・・・・・・」
沈黙。
「んだよそれ」
「・・・先生って。本当に怖がってたのかな」
「・・・・あぁ」
「なんで分かるの?」
メグを見る。
「・・・左手が疼いた。ひどく。」
「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・でも出てこなかった」
「出さなかった」
即答。
「どうして・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
黙った。
「メグ、ホントは。嬉しかったのかも・・・」
「あ?」
「本当は、あの先生がちっとも怖がってないようだったのが、嬉しかったのかも」
「・・・・・・・・んだそれ」
「・・・・・・・・・」
マツリは何も言わなかった。
本当は。誰だって。他人に拒絶されるのって傷つく。
メグがどんだけ非道でも、どんだけ他人を切り裂いてきてても。
それって、変わらないんじゃないかな。マツリは思って空を見ていた。
「・・・傷つく、つかねぇってのはよ」
メグが言った。
「そういうのは、人同士でやってくれよ」
ふっと。笑った。
「・・・・・・・・・・」
あぁ。
なんて悲しそうに、投げるんだろう。笑顔。
メグにはもう腐るほど萎えるほど膿むほど、傷がついてるんだ。
そしてその傷の上に。新たな溝を掘り下げるように、傷がついてしまったんだろう。
メグって。本当は。
「本当は。」
「あ?」
「弱いんだよ。みんな。」
「・・・・・・・・・・・・・」
きっと、裏切られた気がしたんだろうな。あの保険医に。
もしかして自分を恐れたり拒否したりしない人なのかもって。少し、期待してたんじゃないかな。メグ。
でも、ほんの数秒間でメグのそれはくだけて、それでもって傷がまた深く刻まれたんだ。
マツリはふーっと息をした。
「・・・・・・今日は。襲わないの?」
「・・・・気がのらねぇ」
「・・・・たたないんだ」
「お前。誰からそんな下品なこと習うんだ?」
ははっとメグが笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その二人の後姿を。いづみは黙って見て、そしてゆっくりと戸を閉めた。
「・・・・・・・・・・そっか。」
呟いて。いづみは階段を駆け下りた。
でも、その顔には、嫌な空気は微塵もなかった。
「どっちかって言うと“メグの女”じゃなくて、“恋人同士”なんじゃない」
ふっと安心をした。
けど。やっぱり心配は心配だった。マフィアにさらわれることになるような恋人って・・。
屋上。
「左手。どうやって出てくるの?」
「あ?んなの聞いてどうすんだ」
「興味。」
「・・・・・・・。」
マツリが即答したのでメグが黙る。
「って、言われるのが不快なのは解るけど。」
マツリが続ける。
「知りたいから」
「・・・・・・んだそれ」
沈黙した。
「・・・・・出そうと思ったら出せるんだよ」
「ふーん」
「近くに恐怖があると左手が真からざわざわうずく感じがする。喰いてぇ・喰わせろって叫びやがる」
「・・・・・」
「稀なほど恐怖が強すぎたとき、俺が気を抜いてたらあいつは飛び出してくる。そういう時は流石に・・」
「メグも怖い?」
「・・・・・・」
認めるのが嫌だったが、べらべら話してしまった手前頷くしかなかった。
ちっくしょう。


何日かたった。
「おはよう大蕗さん」
「おはよう」
昇降口で声を掛けられる。クラスの子たち。
「おはよ・・」
マツリは普通に返すが、声を掛ける子たちはあんまり喋ったことのない子で、地味に驚いた。
なんかそういうことって増えた気がする。知らない人に声掛けられるっていうの。
「・・・・」
黙って靴をはきかえ、階段へ向かった時だった。
「おはよう」
はきはきとした声が前から聞こえた。あまりにまっすぐ向けられたので。マツリは顔を上げた。
「あ」
「あの子は治ったー?」
あの階段から落ちたとき助けてくれた子だった。
茶色い髪が綺麗になびく。こうみたら結構な強い目で、ちょっとメグに似てるきがした。
「あ、うん。」
「よかったー。んじゃね」
「うん」
手を振られた。爽やかに鮮やかにすれ違って行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
「マツリッ」
「わ」
後ろからどすっと。また。いづみだ。
「おっはよ」
「おはよういづみ」
「ねぇ!ちょっと頼まれてくれない?!」
マツリの手をブンブン取った。
「な、なに」

「・・・・・・ここ。かな」
バコ。
「あった。」
温度計。
裏庭の隅に、白くある温度計の入った箱をマツリは壊すような形で開けて、温度計を取り出して見た。
「・・・・・・・だめじゃん」
シャーペンで紙にその温度を書いた。
近年温暖化が進んでクーラー使用許可温度を超えなければ学校等の施設では冷暖房を使うことが出来ないのだ。
結果的には、駄目だった。温度。まぁ初夏とは言え確かに最近汗ばむ。
マツリ自身は汗は殆んどかかない体質だからいいが。
しゃがんでいた脚をのばした。時だった。
「おや。」
声がして、振り向いた。
「・・・・・・・・・おはようございます。」
あの保険医だった。
「おはよう。えっと。」
「大蕗です」
「あぁ。オオフキマツリだったかな」
「・・・先生何しに此処に?」
マツリが小さな声で尋ねた。
「君と同じさ。」
「・・・・・・・あ。はいこれ。ちょうど良かったです。保健委員に渡さなきゃいけなかったから。」
データをかいた紙を手渡した。保険医はそれを見る。
「6組・・・・って。たしか高橋さんが保健委員じゃ」
「いづみは今日朝ミーティングがあって」
「・・・・・なるほどね」
ふっとため息。
「・・・先生」
「ん?」
にこっと笑ってマツリを見る。笑顔は、凄く綺麗で、心から笑っているように見える。
「先生は。・・・その。・・・メグが。なんで、メグが怖いんですか」
マツリは真っ直ぐ尋ねた。ので、保険医もその目を真っ直ぐ見つめ返し、ふっとまた笑った。
「大蕗、俺はな」
マツリに一歩近づいた。
「・・・」
「俺はすべてが怖いんだ」
にっこり。と、笑って保険医は軽くいった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
マツリは言葉を失った。
「すべて・・・」
「そ。」
「・・・・そんな風には、見えません。」
「かもね?」
すべてを見切ったような軽い言い方だった。マツリは少し言葉に詰まる。
「だってすべてのものがなにかを隠している。見えるものだって見たままとは限らないだろう?例えば。」
「・・・・」
「大蕗祀のその体の中にも、何か隠している暗い闇があるかも知れない。」
「・・・・・!!!!」
マツリは小さく保険医を睨んだ。
「・・・・・・・なんて。すべて。わかんないだろう?特に人間は。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺がそれに恐怖して、それが怖いという思いはだんだん俺の中に形を成していった。」
「・・」
「いつからだったかな。」
保険医はすこし寂しそうな笑顔をした。
「その恐怖にオレの体は支配されていった。そしてそれは完全に俺に根ざして、俺は。俺はこの感情から逃れられない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もう怖がることにもなれたよ」
「・・・・・」
マツリは黙った。そう言った先生は、本当に笑顔で。何も言えなかった。
「だから俺はアイツを特別に怖がっているわけじゃないよ。」
「・・・」
「授業、始まるよ。」
「え・・あ」
突然話が変わった。確かに時計も35分を指している。
「・・・・・・行きます」
マツリが小さく言ってから、カバンを持ち上げた。
「マツリ」
「・・・・」
顔を上げた。保険医が彼女を名前で呼んだからだ。
「俺はね、メグなんかよりむしろ君が怖いんだ」
「・・・・・・私」
「君のほうが、隠しているものが、半端ないから・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
マツリは砂を脚の裏とこすらせた。
「・・・・それ・・」
「なんて。ただの勘だけどねぇ」
「・・・・・」
「ほら。チャイム鳴るよ。」
「・・・はい・・・。じゃ・・失礼します」
パタパタパタ・・・
マツリは裏庭から走り出した。胸にもやもやが溜まりまくっていた。
あの保険医は。なんなんだろう。


うずいた。


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