ダブリ26

 

あちこちで赤い車が走った。国全域で。
この一斉テロは、国の歴史が終わる日まで語り継がれた。

この日。国議会は、もはや崩れ落ちた。
町はもはや命を落とした。
国光の機能停止によってここまでのことが引き起こされると、予想できていた人間はほんの一握りだった。



「はー・・・。」
大神が煙草をふかして燃える施設を見つめた。
「後片付け、ほんとに頼むぜ、奔吾さん。」
ヘッドホンから音楽。
21世紀初頭の、クラシック。
―――雪でもいい 食べたい。



どうしてか此処に来てしまった。いや、やっぱり、かもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・。」
爆音が耳に残ってるのか、それともまだ爆発が続いてるのか、はっきり推察することは出来なかった。
耳鳴りが、耳を引っかけど引っかけど続いた。
目の前にある残骸に熱を感じながらその耳鳴りを脳に響かせていた。
「時雨。」
後ろから声が聞こえた。
あぁ、懐かしい声だ。
知っている声だ。
あいつの声だ。
「・・・・・・・・・・お前か。」
「分かってただろ。」
「あぁ。」
時雨はゆっくりと振り向いた。
そこにはよれた服を着たあの男が立っていた。
「・・・・久しぶりだな。奔吾。」
「おぉ。そうだな。」
無表情だが、あの目で奔吾は答えた。
「満足か。」
「・・・・・・。」
奔吾は応えなかった。
「こんだけめちゃくちゃにしたんだ。満足だろ。」
「・・・罪を負って。満足する人間が居るか。」
「・・・・・・・・・・奔吾。」
時雨は恨めしそうに見た。
「なんで居なくなった。」
奔吾は言い訳はしなかった。
時雨を置いて出ていったのは、真実だ。
あえて時雨は奔吾の組織には誘わなかった。
それで受けた時雨の失望は奔吾には計り知れなかった。
だが、奔吾からHDOの研究を奪えば、彼は立ってられないと思った。
蒲生のために生き、蒲生のために頑張る彼からその目標を奪えなかった。
「莫迦だと思ってるんだろう。」
時雨は笑って見せた。
乾ききった笑いだった。
「この有様。」
「・・・・・・・・・・・。」
否定はしなかった。
粉々になった多々のフラスコ。
もえている管。
床に落っこちた死体。
ブラックカルテの死体。
楓の死体。
蒲生をもう一度生かしてやりたい想いの結晶。
罪の形。
この手の罪は、科学者しか犯し得ない。
過去にも幾多の科学者が人体蘇生を試みた歴史がある。
時雨の。この友の頭脳の明晰さを恨んだ。
そして、それを粉々に爆破させたのは、俺だ。
罪を罪で消したのだ。
「笑えないな。」
奔吾は呟いた。
「俺も、お前も。とんだ莫迦だ。」
笑ったように見えた。苦しそうな笑いだった。
「科学者としても、親としても。とんだ、大馬鹿者だよ。時雨。」
時雨はうなった。
「お前のそう言う、そういう所大嫌いなんだよ。」
「俺はお前のことも蒲生のことも大好きだったぞ。」
時雨は、言葉を失った。
「国光を許せなかった。お前の蒲生への想いも、罪を犯してまで貫くのなら許さないと思っただけだ。」
「お前は、お前だったらこうはしなかったと言い切れるか?」
「言い切れない。」
はっきり言い切った。
「だが、お前が止めてくれたと信じてるよ。」
「・・・・・・っ。」
時雨が顔を歪めた。
奔吾は無表情に見つめた。真っ直ぐに。
「蒲生が、生きていたら、きっと一緒に止めてくれたと思ってる。蒲生は、本当に聡明な奴だったからな。お前が居なきゃ惚れてた。」
奔吾が笑った。
マツリの笑いかたに似ていると思った。
フラスコの水が熱を帯びて、ユラユラ揺れる残り火を抑えてた。
「時雨。」
奔吾が時雨をもう一度真っ直ぐ見つめて言った。
「死んだものは、生き返らない。生きているものに、その愛情を注いでやれ。」
意味は痛いほど分かった。
「お前の倅はなかなか良いよ。お前の若い頃にそっくりだ。俺は好きだぞ。」
「・・・・っ。」
奔吾は背をむけた。そして出口へ歩きだす。
「早く出ろよ。此処も直に崩れる。」
「奔吾!」
呼びとめた。
奔吾は小さく振りかえった。
「あぁ。分かってる。俺が一番親失格だ。」
笑ってみせた彼の笑顔は、寂しかった。
そしてそのまま背をむけて、去ってしまった。
一人になった時雨は、耳鳴りの残る鼓膜で、静まったこの残骸の世界を再度見つめなおした。
楓の白い体が床に転がる。
お父さまと、何故か会った瞬間に呼ばれたことを思い出した。
「・・・・・・・すまないことを・・・したな・・・。ごめんな。楓・・・・。」
涙が溢れて、しょうがなかった。



緊張は緩んじゃいなかった。
続けて起こる爆発がまた煙をいっそう広げて辺りを包んだ。
C棟はもはや崩れ落ちていた。
悲鳴と炎と轟音はうなり続けた。
「メグ・・・っ。」
マツリは半分叫んでいた。
止まらない。
止まらない。
止まらない。
赤い光が赤い液体が、止まらない。
マツリの全てから溢れだす。
傷口はない。どこから溢れだしてるのか分からない。
なんなのか分からない、ただ止まらない。
怖くて仕方がなかった。
メグは震えてなくマツリをひたすら抱きしめ続けた。
時間がないのも分かってる。
だけど、それしかできなかった。
その赤い光のような液体のような何かが、不意にメグの左手に垂れ込んだ。
その瞬間だった。
ボッ!
「!!!」
またあの白い化け物が意思とは関係なく飛び出した。
メグは一瞬ひるんだが。
マツリを硬く抱きしめ続けた。
その白い化け物は目一杯大きくなったと思うと叫び出した。
「ギィギャギャガヤギャヤヤオギャオオオイウギュオ・・・・・・!」
戦慄した。
聞いた事もないような声で叫びだした。
喜んでいるのか、苦しんでいるのかも分かりかねる。
メグは額に汗が滲んでるのを感じた。
マツリは何故か化け物に気付いていないように、自分の掌から溢れだす赤い光を見つめていた。
「・・くそ・・っ。」
メグは、気がつけば部屋中が赤く染まっていることに気がついた。
赤に白がぼやけて映えて妙に美しかった。
だが、次の瞬間にメグは声を漏らした。
「・・・・え。」


「抑えるの辛いんだろ?」
ゾルバが言った。
「うん。」
リナが頷いた。
額に汗が出てるのは周りを囲む熱のせいだけじゃない。
「でも、ひとつだけ、お願いがあるんだ。」
「なに?」
「キス。」
ゾルバがそう言った時に、リナは泣きそうな顔をした。
だけどゾルバはそんなの無視して、リナにキスをした。
リナが一瞬肩に力を入れて拒みかけたが、拒み切る前にゾルバはリナから離れた。
「・・・これで、おあいこだ。」
「え?」
リナが少し息を切らしていった。
愛情を持ってキスされるなんて、自分の化け物をなによりも怖がるリナにとっては、恐怖以外何ものでもない。
汗が頬を伝ってた。
「これで僕の化け物もリナに反応するから。抑えなくちゃなんない。おあいこだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。」
リナが不思議そうな顔をした。
じゃあどうしてキスなんかしたんだろう。
「お別れ・・・のつもりだったんだけど、多分オペは、この調子ではないだろうなぁ。」
他人事のようにゾルバはそう言って周りを見渡した。
「・・・でも、これでお別れだ。」
ゾルバは笑っていたけれど、もうそれはいつもの笑顔ではなく、悲しいものそのものだった。
「ti amo Rina. Addio.」
ゾルバは微笑んでそう言うと、後ろを向いて歩きだした。
その瞬間に地下の爆発が起こりまた地面と空気が揺れた。
炎が猛っていた。
「aspetta!!!」
「・・・・・・何?」
リナがゾルバを止めた。
ゾルバはゆっくり振り向いた。
煙が屋上まで来て息が出来ないままリナは見つめた。
リナは黙ったまま手を差し出した。
「本当は、知ってた。」
「何を?」
「ゾルバが。私のことを好きなこと。」
「・・・・・・・いつからさ?」
笑った。
「初めの、頃からだよ。」
「・・・・・・嘘だ。」
「本当。だってザワザワした。」
「・・・そっか。」
ゾルバはため息をついた。
「俺、リナのこと避け損してた、ってことだ。」
笑う。
「やっと会えたんだから。」
リナが泣き出した。
「もっとゾルバといたかったんだから。化け物さえいなかったら、もっと一緒にいたかったんだから。」
「・・・・・・・・。」
ゾルバも泣きそうになった。
「ゾルバといると辛い。でも、嬉しい。」
「メグは?」
「メグといたら救われる、でも、嬉しいのとは違うよ・・・。これ、マツリが好きだっていったの。でも、違うと思う。」
ゾルバが差し出された手を取った。
リナは少し怖がった。
ゾルバも内心ぞっとした。
大事にしたい人間を傷つけたがる何かが自分の中にいるという事は、こんなにも怖い事なのか。
リナの震える手を、それでもきつく握りしめた。
「最後なら、最期まで一緒にいて。」
そして目を閉じて、震える互いの身体を抱きしめあった。
ボッ!
二人の耳は、その2重の音を聞いた。
あぁ、体からあの化け物が飛び出した音だ。
その二つの白い化け物が奇妙な声で笑っている、叫んでいる。
もうどうでもいい。
体の周りを包むように飛んでいる赤い光も、きっと炎の見せる最期の幻想だ。
爆音がした。
足元が崩れた気がした。
煙に二人の体は包みこまれた。化け物たちの醜い声を聞きながら、溶けるように二人は意識を遠のかせた。
食いちぎられる瞬間は、きっと二人は幸せだ。
だって体温を感じあって死ねるんだ。
愛する人の、重みをこの身に受けて死ねるんだ。
轟音に飲み込まれて、二人の姿は見えなくなった。



「・・・・・・・・・はぁ。」
松田が、ため息をついて、くしゃっと髪の毛を掻き上げた。
朦朧とした。
何が起きてるのか、何も分からない。
ただ壁にもたれて、轟音と熱を感じてた。
地響きがする。
此処も長くない。
何処だろう、ここは、廊下にいる事はわかった。
現実から逃げるようにあのガラスの世界から、ずるずると無意識に逃げ出していたらしい。
防げなかった。
自分の作った機械の暴走。
また、防げなかった。
ブラックフライデーは2度起こってしまった。
滑稽だな、松田 茜。
呟いた。
自分のしてきたことはなんだったろう。
結果として、妹に誇れる事だなんて口が裂けてもいえないじゃないか。
失望した。
「・・・もう、折れていいかな・・・リョウ・・・・。」
目を閉じて呟いた。
妹に忘れられて、そしていなくなってしまおうと思った。
「こんなところに居たんすか。」
声がした瞬間に。
ドカ!
痛みが頬に走った。
「!」
グラングランと、頭が痛んだ。
「・・・・あ、浅葱君。」
顔を上げると椎名が松田を睨んでいた。
「何してるんすか。」
ぐいっ!と胸倉を掴んで松田を引っ張り上げた。
「起きろよ。こんなところで自信喪失してるんじゃねぇよ。」
いつもと違う口調で椎名が言った。
「あーちくしょー。マツリとメグを探しに来たのに、目に留まらせやがって。」
「浅葱君。」
「今だけだ!」
「え?」
「今だけ浅葱でもなんでも呼べ!いいか、これ以降俺の事を椎名って呼ばなかったらもう一発ぶんなぐるからな!」
切れていた。
すすにまみれている綺麗な椎名の顔は、本気で怒っていた。
「あんたが居なくなったら、俺の顔を覚えてる人間が居なくなるんだよ!」
「・・・・あ。」
「生きてた頃の浅葱を誰も知らないまま俺を見るんだよ!ふざけんなよ!ふざけんな!」
椎名がくしゃくしゃと髪の毛を掻き上げて叫んだ。
「俺はあんたが一番怖いけどなぁ・・・!あんたがいなかったら、死ぬんだよ!あんたがやったんだろ!」
「・・・・浅葱君。」
「あんたが俺を椎名にしたんだろ!もう一度俺を殺したいのかよ!許さねぇからな!後片付けも、なんにもしないで俺より先に死ぬ事なんか、許さねぇからな!」
目が潤んでいたのは、この熱のせいかな。
松田は、ずるっと、椎名に捕まれたまま立ち上がった。
「僕、君より大分年上なんですよ?」
悲しく、でも、微笑んだ。
「根性で生きやがれ。」
椎名がそう吐き捨てて、松田の手を引っ張って熱い白の廊下の中を走り出した。
 

ズウン、と上が崩れた音がした。
崩壊は、もうあとこの異常な頑丈さを誇るガラスの世界だけ残し、最終幕を向かえていた。
「・・・・メグ・・・。」
マツリが声をこぼした。
メグは言葉を失ったまま黙っていた。
「なに・・・?これ・・・・。」
マツリが涙をこぼした。
メグは言葉を失ったまま首を振った。
化け物は依然として爆発的に大きくなり、叫んでいたが、その声は歓喜に満ちているように聞こえた。
二人は抱きしめあったまま、その姿を見上げた。
恐ろしく、そして美しい光景に見えた。
メグの白い化け物は、口をいくつも開いて、マツリから溢れだす赤い何かを喰べていた。
赤の世界に白の化け物が踊っている。
ふいに恐怖が涌いた。
だが、マツリのこの恐怖に白い化け物は、反応しなかった。
一層踊り狂い、赤い何かを拾うように喰らっていた。
「・・・あっ・・・。」
マツリはまた自分の掌を見つめた。
赤い光がだんだん排出されなくなってきたように思った。
そこら中が赤い光に包まれた異界の様なこのガラスの世界は、耳鳴りを引き起こした。
メグがぎゅうとまた肩を抱きしめた。その光が次第に外へと抜け出ていくように赤に染まった透明という色をもとの色に戻していく。
「・・・消える・・・。」
マツリのその小さな声が、そう天上に投げられたとき、ふぅと、幽霊のように、白い巨大な化け物はしおれるように、消えた。
その口元は、笑っていたように、見えた。


「・・・・そういうことだったのか。」
1つの部屋が、赤一色に染まっていた。
光にあてられて、髪の毛が赤毛に染まる。
ドリーがあの個室で崩壊を待ちながらパソコンを未だに動かしていた。
カタン、と指を止め、上を向いた。
赤い何かが自分の周りを取り囲んでいた。
「・・・・お別れだな。」
カタタン!
指でキーボードを鳴らした瞬間、ゾルバの白い化け物が彼の赤毛から飛び出した。
ボッ・・・!


ガァアアアアアアアアアン!!


同時に、最後の爆発が起こった。
国光は、全て、この瞬間を持って、死したといっても間違いではなかった。
 

 

 

後半へ⇒ 

■ホーム■□□   拍手   意見箱  投票
■ダブリ イントロへもどる■□□


 

 

inserted by FC2 system