ダブリ25

 

国議は今日、未だに民主主義を貫き国民の選挙と選ばれた国民代表者たちによって行われている。
「遠藤君。」
白髪の国議会議員は呼ばれて振りかえった。
自分を呼んだものが国光の先生だとわかると背筋を伸ばしその者の元へと歩み寄った。
「お久しぶりです。」
遠藤は腰をおった。
国光は何も答えずに遠藤に何かを告げる。
「首相を?」
遠藤は驚いて言った。
「しかし・・・はい。順調に進んでます。先生がたの言うように国議会は動いていますよ。」
先生、とやらは少し笑って、もう二言三言告げると背を向けて遠藤から遠ざかった。
遠藤はその背中を見て、はぁとため息を漏らした。
国議は今日、国光と言う舵によって航海を進めている。
もはや、国光なしでは今の政治は動くことはない。
外交にいたっても、全てに置いて国光がかんでいる。
国光の国議会議員も多数存在する。
エリート官僚なんかとは比べ物にならないくらいのスピードで出世をする。
国光を失えば舵を失うことになるだろうこの国の未来への道は、綺麗ってわけではなさそうだ。
市場ももはや国光の巣であった。大きな力思ったいわゆる財閥である国光は国内の市場はもはや小指を動かすだけでコントロールできると言っても過言ではなかった。
それゆえ、ブラックフライデー後の国光の傾きは市場を大きく揺るがしたのだ。
さらに、メディアや、そして一番重点を置いてると一般的に言われている医療機関も、国光のコンピューターの一部だ。
国光は、そういう組織だった。
国光の三賢者なんて洒落た言い方を誰が言い出したのか知れない。
しかし3人の頭をもった組織だった。
かのモンテスキューの三権分立を忠実に模したのか、国光発祥の頃から3の頭で組織を動かしてきた。
それゆえに元は国三という漢字を用いていたという。


「大蕗 奔吾。」
奔吾は少しふてくされたような顔をして自分名前を言った。
それもそのはずだ、大学院でしてきた自分の研究をほっぽりだす破目になるなんて考えてもなかったから。
綺麗に掃除されたように学会と言うものから自分を消去されてしまった。
国光のそういう専売特許を奔吾は端から好きになれなかった。
待遇は恐ろしいほど良かった。
確かに研究を行なうには全てが揃っていて科学者の魂をくすぐられたものだった。
自分の研究は自分で進めながら、なんとかノルマであるHDOの研究は進めていった。
少し離れてはいるが自分の専門分野に近い。
HDOは人間の進化の課程から引き起こされるなんらかの突然変異だと仮定されているからだ。
実際にそうだという確固たる証拠はないが、それを思わせるいくつかの必要条件が揃っている。
時雨に再会したのは、国光に入って良かったと思った数少ないことの1つだった。
蒲生と結婚をして幸せそうにしている奴を見るのは何故か心が温もった。
蒲生も書生時代の仲間の一人で当時はよく共に研究内容について議論しあったものだった。
聡明で優しい女性だった。
彼女もまたHDOにかかっていた。
奔吾は彼女のためにも研究に力を入れた、といっても過言ではないと思う。
この夫婦二人ともが大好きだったし、時雨が頑張っている姿を見て少しでも役に立ちたいと思った。

自分の名前をもう一度ふてぶてしく言ったのは、三賢者を前にした時。
「大蕗 奔吾です。」
陰湿な目を向けられる趣味はない。
「ご用件は。」
「君に選択をして欲しい。」
「なんのでしょうか。」
「国を三つに割る。」
表情は変えずに、何を言い出すんだこの老人達はと思った。
「お前に医療機関のあの『椅子』をくれてやる。私たち3人のうち、誰についてくるか選べ。」
あの椅子、とは責任者の椅子のことだ。
「医療機関を三つに分けることだけはどうも出来ぬ。お前が取り組んでいるHDOの成果を三つに割るなど哲学的にも数学的にも無理だろう?」
その前に精神的に無理な部分が本人たちにあるだろう、と言わなかった奔吾は冷静だった。
「・・・意味が分かるか?つまり、お前個人の話をしている。お前のような天才は今国中探してもみつからない。国を豊かなものにするのはコレからの時代、科学だ。お前が必要なのだ。我々三人ともが。だが、仲たがいをするのもおもしろくない。そこで、お前自身に選ばせようということになったのだ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
黙した。
何をどう言おうと、これは、ダメだと思った。
そういう風にこの問題を解決することを3人が3人とも納得しているように見えるが、心の中では自分の元に残らぬのならば自分の脅威、もといライバルになるだけだ。
消されるだろう。
手に入れたものは手に入れたもので、奔吾の全てを隠蔽して地下に閉じ込め、研究をさせるだろう。
守るという理由で、全てから切り離され、つまり、生きながらに殺されるのだ。
「・・・時間を下さい。あなたがたの考えももっと知りたい。」
そして、国光から自分自身を消し去って、国光を背に走り出した。
もちろん、妻と、マツリも自分から切り離し、かつ、社会から隠蔽した。
自由と保護を同時に与えた。
それが最善だったか、と言われると、首を横に振るしかない。
数年たって、大蕗親子のことが新聞に載ると知らせを受け、その名前の隠蔽にまわる際、事件のことを耳にした。
妻が死に、マツリは孤独になった。そして、自分の父親に頭を下げマツリの世話をしてくれるように頼んだ。
もちろん全てを隠してくれるように頼んだ。
親父は思いのほか頭が柔らかく、何も聞かずにマツリの世話をしてくれた。
その後も、マツリが万一国光に見つけられることを恐れ、ひたすら公式データを完全に黙秘させた。
国光の権力を借りて。
国光を去った時に、幾人かの信頼できる同僚が奔吾と共に国光を抜けた。
その時結成したのが、いま奔吾が居る反国光組織だ。その当時のメンバーしかおらず、全員が気の置けない奴ばかりだ。
国光に何人かメンバーを残してきた。
それはマツリのデータ隠蔽には国光レベルの権力が居るだろうし、橋を渡す内通者が必ず必要になると考えていたからだ。
ただ、大神だけはそうはいかなかった。
大神はひとつの小さな国光の医療機関の建物の責任者をしていた。
目立つ人間の、かつ、奔吾と仲の良かった人間の国光抜けはいただけないと判断した。
しかし大神も引き下がらなかった。
そこで大神の信頼する後輩の男が顔を変えて大神の替わりに国光に残る事になった。
彼が一番国光内部でいろいろやってくれている。
手際もよく、強い仲間の一人だった。

このネットワークは、今日を持って、一番のことをしでかそうとしている。
―――国光を潰す。


「起きたか。」
「・・・・はい。」
ブザーが鳴って、無理矢理目を覚まさせられた。
なんだ、思ったより寝れた。
ドアの外で河口が待ってる。
マツリはささっと着替えて顔を洗う。濡れた顔を鏡越しに見た。
「・・・・・・生きなさい。」
今日も。

 

ウィーン。ガガ・・・ピピピピピピ!
機械音が耳につく。
硝子の国へ1歩踏み入れただけなのに。
いつもならば見ない数の人間がこの部屋に集まっていた。
いろいろなアナウンスが流れる。
頭が痛んだ。
白衣が動く白い人間がユラユラと。
「痛むのか。」
何も言ってないのに、河口がマツリを見て言った。
「何も言ってないですよ。」
「お前がその顔をしてる時は大抵なにか痛みを我慢してる時だ。」
「・・・・。」
お見事。
「怖いのか。」
「怖いですよ。」
素直に言ってみせた。
「ざわざわする。」
心が。
「河口さん。」
振り向いて河口を見つめた。
「なんだよ・・・。」
河口は、少しうろたえて見えた。
「よろしくお願いします。」
「・・・あぁ。心配するな。」
「最終チェック、行きます。」
マツリは歩きだし、自分の足で機械の椅子に座った。
「・・・強いですね。」
「井上。」
「彼女、今日何だか強いですね。」
「・・・・・わかんねぇよ。」
だって彼女は昨日泣いてた。
「緑堂。スタンバイ、行くぞ。」
「はい。」
最終チェックは、20分の間に、何の問題もなく終わった。
時刻は、12時半。


「体調は万全そうですよ。」
「ご苦労。」
松田がマツリのチェックを終わらせて時雨の部屋を訪れた。
椅子に腰をかける。
時雨は今日も相変わらず書類関係と戦っていた。
国光の幹部が来ることになってからずっとこの調子で寝れやしない。
科学者なんだからこんなことに頭を使いたくないものだと、ぶつぶつ言いながら、時雨は立ち上がった。
「平気ですか?あなたが。」
「あぁ。心配はいらない。今日乗り切れば明日は休みだ。」
「ねぇ時雨さん。」
「なんだ?」
「ずっと、訊きたかった事があるんです。」
「・・・なんだ?」
時雨が難しい顔をして松田を見た。
本当いうと、松田がなにを言うか分かっている気がした。
「いつからメグの追跡、やめさせてたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
黙った。
松田はふっと笑った。
「意地悪な質問でしたか。」
「いや。・・・知ってたんだな。」
「知ってました。」
即答した。
「こう見えて、結構長い付き合いなんですよ。」
「そうだな。」
「大蕗教授の代理のようなものとして、ここに引き抜かれてから、ずっとですから。」
「あぁ。」
泣きじゃくる妹をいさめて、此処に来た日からずっとだった。
「メグとは、もう会わないつもりですか。」
時雨はまた黙った。
松田は分かっていた。
メグの話をすると黙りがちになること。
「・・・それでいいのなら、何も言うことはありませんよ。」
諦めたように松田が立ち上がった。
「松田。」
「はい?」
部屋を出ようとした松田を止める。
「俺は、間違ってるか。」
「・・・僕は、あなたのような人間は好きですよ。」
バタン、戸が閉まると時雨はため息をついて椅子に腰を鎮めた。
あの椅子だ。奔吾が座るはずだったあの椅子。
「・・・奔吾・・・。」
空を見た。
あぁ、曇天。
ガタン、と引き出しを開けて1つの写真を取り出した。
「・・・さなえ。」


国光の総合ビル。
スーパーコンピューターを3台駆使した最先端の科学技術で固められるこの国光本部。
ここと国光全てのコンピューターが繋がっている。
つまりここはマザーコンピューターだ。
この要塞にあの幹部が陣取り、そして多数の国光の幹部を初めとする人間が、全ての制御と管理を行なう。
今日、この幹部の3つの椅子のうち2つが空になっていた。
首都の白い医療ビルへ、向かったのだ。
『人体再生』。つまり『人体生成』は、禁忌であり、不可能な神の業とされつつ、古来から科学によって何度も試みられてきた。
この研究の足がかりになるゾルバと言う少年のオペ。
そして大蕗教授が隠し持っていたブラックカルテヌメロゼロの姿。
この両方が陳腐な老人の頭にも刺激を与えたのだろう。
ヌメロゼロの謎を解き明かせれば、ブラックカルテの謎が解き明かされるだろうなどと、どこの誰が立てた仮定かは知らないが、それを信じる彼らはブラックカルテの真理の奥にあるだろう何かに期待をしていた。
世界学会からの何か、もしくは、人体再生の奥にある『不死』に期待しているのか。
なんにしろ、科学的にたいした知識も持ち得て居ないこの老いぼれたちは興味本位で国光医療機関へと向かったのだった。
「相田、お前しっかりコンピューターに目を向けとけよ。」
「あー、うん。でもだなぁ。こんだけ最上級のコンピューターを持ってしてミスは起こり得ないだろ。」
「確かに。」
「楽・・・っな仕事だぜ。国光さまさまだな。」
ため息と共に、緩みきった緊張をさらに伸ばした。
予期せぬ事態に襲われる、ほんの2時間前のことだ。



「んだそれ。」
椎名がメールを受け取ってそれだけ呟いた。携帯にむかって。
「・・・・・っんだよそれ、冗談か?」
そんなわけはないと分かっていながらも、言わずにはいられなかった。
そして携帯を握り締めたままものすごいはや足で歩きだした。
「ゾルバ!」
ゾルバは、見つからなかった。


リョウが、また小高いところから白いビルを見下ろしていた。
やっぱり此処に来てしまった。
ため息を漏らす。
リョウらしくない。
でもどうするか、まだ答は出せなかった。
「・・・・・。あれ?」
リョウが何かに気がついた。
「先生。」
椎名が屋上にひとり、ひょこっと現われたのだ。
金髪だからすぐに分かった。
彼は何かを探すように屋上を一回りすると直ぐに扉へ引っ込んでしまった。
「・・・・・・・行かなきゃ。」
なんでかな。
いきなりそう言う気持ちに襲われ始めた。


一方で。いづみは、走り出していた。
「いづみ!」
母親が自分の名を呼んで止めようと試みた。
だけど、止まることは出来なかった。
動かなくなった両足に鞭をうち、ここ2日ほど、軽い走り込みをはじめた。
インターハイ予選の声援が耳に聞こえてきそうになり、時々吐き気に襲われた。
その都度、脚をひっぱたき、いづみは走り続けた。
今日。
ついに、走り出した。
「マツリ・・・!」
あの場所へ走り出した。
親友の元へ。
親友の、ために。



―――すべての人間が、動き出していた。今日の午後。


「昼食は抜きだそうだ。」
「かまいません。」
だろうな。
河口はため息をついてマツリのかけている椅子の横にドスッと座った。
「頭痛。」
「ありません。」
「吐き気。」
「ないです。」
「目眩。」
「いいえ。」
即答で返される。河口が紙に何かを書いた。
カルテのようなものかと想像した。
「恐怖。」
「あります。」
「・・・・そうか。」
「でも、あの人たちに対する興味がなくなっただけ、気分は楽です。」
マツリが人差し指で硝子の奥の観覧席をさした。
「ほぉー。そりゃなんでだ?」
感心したように河口が言った。
きっと河口はまだむかついてたんだろう。
「分かりません。」
多分、昨日色んな事がありすぎたからだと思った。
「不安のほうが、心を掻き乱す。」
―――メグ。今何処に居る?
「大蕗。」
声がしてマツリは顔を上げた。椎名がいた。
「先生。」
「どうも。」
椎名が河口に頭を下げそしてマツリを見た。
「ゾルバ、見なかったか?」
「え?」
「居ないのか?」
河口も訊く。
「えぇ、でも、今館内は誰も出入りできない状態になってますから、館内には居るはずなんですけど。」
「・・・見てないです。ゾルバ・・・いつから居ないんですか。」
マツリが腰を上げかけながら言った。
「今朝。部屋にいたのは確認してる。」
「オペ、何時から開始だ?」
「4時です。」
「ならまだ時間がある。館外には出てないのが確かならそう焦ることもない。あいつは結構ひょろっと現われるやつだろう。一応全員にゾルバをみたら捕まえるようにしておけばいい。」
「はい。」
椎名が立ち去ろうとする。
「先生。」
「大蕗。」
椎名も忘れてたことを思い出したようにマツリを見た。
「なんですか?」
「や、なんだ?」
「・・・大丈夫だよね。」
マツリがじっと椎名の目を見つめて言った。その、『大丈夫』の意味は椎名も分かってた。
一寸の沈黙の後椎名が穏やかに笑って、頷いた。
「心配するな。マツリが一番知ってるだろ。」
「だから怖いんです。」
「・・・マツリ。」
大蕗、という呼び方はすっかり忘れている。
「信じなよ。」
「・・・はい。」
にこっと椎名は笑った。本当は椎名だって不安だった。
だが、そう言って笑うほかなかった。
「マツ・・・大蕗は、今日は、しっかり手筈どおりに動くこと。いいな。」
「はい。」
「よし。じゃ、失礼します。」
椎名は一礼して、その場を去った。
その後姿を目で追って、ゾルバは、きっと、リナの所に行こうとしてるんだと、マツリは思った。
「大丈夫だ。」
独り言を言った。



大蕗 奔吾は黙していた。
誰と話すこともなく、ただ、その瞬間を待って、沈黙を守っていた。


「大神さーん。」
「んんー?」
大神は無精鬚を引っ張りながら振り向く、首都から少し離れた1つの医療ビルだ。
「やめてくれませんー?21世紀初頭の音楽かけるの。」
「なんでぇ。いいじゃないか。」
ぶうたれる中年の男。戸籍上は未婚。
「や、古いんでわかんないんすよ。俺。」
「俺だって生きてねぇよこの時代。」
「仕事中なんでっ。」
「へいへい。」
大神は、――もとい大神の替わりとしてここにいる男は、ブツンと音楽を切った。
「ラジオでも聞くか。」
「大神さーん・・・。それじゃ一緒でしょ。」
シカトして、ジジ・・っという音をさせ、彼はラジオをつけた。
次のリクエストなんかを告げるDJの馬場ちゃんの声が軽快にながれる。
「時刻は午後3時をまわろうとしています。」
軽快な音楽が鳴り、CMが始まった。
「・・・・・・・3時か。こりゃ、確かに音楽なんか聞いてられんな。」
 

 

 

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