ダブリ20

俺は、神威 萌という名のヌメロウーノ。
母を亡くしたあの日から、オレの名前は罪人の名。

「メグ。」
「・・・・・・。」
ゆっくりと振り向いた。
「朝食は取らないタイプなのか?」
「・・・たまに。」
機嫌があんまりよろしくないようで。
「そろそろ国光がお前を本格的に探しだすだろうな。」
「なんで。」
「ん、こんなに長く見失ったことなんてないだろうからね。」
男はコーヒーをすすった。
「そろそろ、ドラ息子が本気で家出したってことにパパは気がつくだろ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
メグは睨んだ。

「メグの居場所?」
椎名がまたか、という顔をした。
「知りませんよ。俺、此処にきた時メグの監視役、外されましたから。」
「外される前日は。」
「あぁ、前日は見ましたよ。学校で。」
「・・・。」
「あなたが直々に俺のとこまで来るなんて、相当まかれてるんですね。時雨さん。」
「・・・・・・・・・・・・・まぁな。」
時雨が、くるりと向きを変えて歩きだした。
「お役にたてなくて申し訳ありません。」
「いや、引き続き、ゾルバの件頼むぞ。」
「・・・・はい。」
ぼつり。
「・・・・・・楓にメグに、ゾルバ・・・。俺、なんでこんなにブラックカルテ任されてんだ?」
ため息。
「・・・・・・・・マツリは、どうしてるかな。」


「ゾルバ・・。」
マツリが呟いた。目の前にゾルバがいたから。
「こんにちは。」
微笑んだ。
「・・・・・・・・。」
マツリは黙った。一寸黙って口を開いた。
「どうして此処にいるの。」
「会いたかったから。」
「誰に。」
「マツリに。」
だって、彼は飄々とあたりまえに、マツリの厳重な部屋の中にいるんだ。
マツリはあの実験の騒動の後、30時間ほど寝込んでしまった。
機能は機械のシステムコントロールが必要とかで、なんの実権も研究もなく、軟禁されていた。
その軟禁の中に、ふいにゾルバがいる。眠っている間に入ってきたのか、自然に彼がいる。
「・・・そんなに自由なの。」
「羨ましい?」
「別に。」
「僕ももうすぐ不自由になるさ。」
「・・・。私、今日も色んな実験あるから。」
「だろうね。」
30時間のロスは、多数の研究者を待たせたことになる。スケジュールは込み込みだ。
「朝食取らないといけない。」
「いつも取らないくせに?」
「・・・着替えなきゃ。」
「どうぞ?」
二人の会話。
味もクソもない。
薄暗い密室。
「・・・大阪まで、私に会いに来たの?」
「そうとも言えるね。」
「嘘つかないで。」
「嘘?」
「メグがいないのに、私を襲ったって意味ない。」
「そうだね。」
はは、とゾルバが笑った。
「・・・ゾルバ。」
「なに?」
「リナって子、知ってる?」
「・・・・・・・・・・・・、知ってるね。」
なに、今の間。
「・・・メグのこと・・・。」
「あぁ。必要らしいね。」
さらりといった。ゾルバ。
「・・・・やっぱり・・・。」
やっぱり、リナだったんだ。
やっぱり彼女の夢だったんだ。
私が見たあの光景や過去は、彼女のものだったんだ。
じゃあ。
「じゃあ・・・。そっか。」
そうなんだ。
「マツリ?」
「なんでもない。」
「嫉妬?」
は、とゾルバが小馬鹿にしたように笑った。
「嫉妬?」
聞き返す。
「・・・・・・・・・・。」
知ってる。それ。
いつか、いつか感じた事があるモヤモヤだった。
それをもっともっと重くしたような。そんな意識。
あぁ、これが。
「あぁ、そうなんだ。」
マツリが呟いた。
「今自覚?」
「・・・。」
マツリが静かに睨む。
「リナに会いたがってるんだって?」
黙って頷く。
「会わせてあげようか?」
「・・・・・・・・本気で言ってるの?」
「本気だよ。」
「どうして?」
「なんでかな。」
「・・・それで、メグを傷つけたいの?」
「や、メグは傷つかないよ。」
不可解。
「じゃあ何故?」
「リナに言ってやりなよ。」
「なにを。」
「私がメグの女です、って。」
「・・・・・・・そんなこと。言わない。」
否定もしなかったけど。
「言ってやってよ。」
「・・・・こだわるね。」
「エゴだからね。」
ゾルバは鍵を渡して、ドアに手をやる。
「それが、鍵。俺が夜迎えに来てあげるよ。」
「・・・監視カメラあるよ。」
「止めてやる。」
「ドリーみたいなこと、できるんだ。」
「まさか、ドリーに頼むんだよ。」
「・・・・・・。」
ドリーと親しいの、と聞きたかった。
だってドリーとゾルバ、この二人の接点がよく見えなかった。
「今夜、23時だ。」
「・・・・・・・・・本気?」
もう一度。
「本気だよ。」
マツリは呆然と、去っていく彼の後ろ姿と、しまるドアを見つめた。

リナ、に会える。
でも、会ってどうする。

そんな葛藤と、瞑想。
今日はやけに早く夜が来た。
「・・・・・・・・・・いい?」
扉が開いて、ゾルバが立ってた。
「・・・・・・。」
マツリは頷いて立ち上がった。
「・・・・・・・・・・・ゾルバ。」
廊下をひっそりとした足取りで進みながら、マツリが小さな声で言った。
「なに?」
「ゾルバの手は、どうしてそんなに冷たいの。」
くるっと振り向いた。
マツリはばっと、のけぞる。
だってゾルバの手が伸びてきたから。
「嫌われてるなぁ。」
「触らないで。」
曲がらない拒絶。ゾルバは笑った。
「血がね、そんなに沢山通わないんだ。」
「・・・・・機能しないの?」
「性不能者みたいに言うなよ。」
「・・・。」
「オレの両手の指はね、化け物が住んでるから。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「冷たい化け物が、住んでるからね。」
ふっと笑った。
「・・・・・・・・・・・。」
「ここだよ。」
指差した。
「・・・・・ここ。」
あの廊下の扉の1つ。
その前に立つ二人の影。
「入らないの?」
「ゾルバは?」
「俺はいいよ。」
「・・・・・・。」
ぴぴっ、鍵を回すと何か機械音がして、赤い小さなランプが黄緑に変わる。
扉が、すぅとひらいた。
妙に体が緊張した。
ふわふわの髪の毛を揺らして、マツリは1歩で部屋に入る。
「・・・・・・・。」
無言だった。
本当に誰かがいるのかもわからない。
暗闇の部屋。
「・・・・・・ゾル・・・。」
振り向いた瞬間に戸は閉まった。
ゾルバの複雑な表情が、見えた気がした。
これで本当の暗闇が訪れる。
息を呑んだ。
「誰。」
どきっとした。
声がしたから。
途切れそうなくらい綺麗な声。
日本語。
「・・・・・・・リナ?」
マツリが小さな声で言った。
「・・・・・あなた、誰?」
見えない、お互いの姿。
自分の形すら見えない密室の世界。
「大蕗・・・・マツリ。」
「マツリ・・・・?」
「・・・リナ、だよね。」
「うん。マツリ、どうしてここにいるの。」
「・・・ゾルバが。」
「ゾルバ。」
「ゾルバがつれてきてくれたから。」
答えになってない。
自分自身どうして此処に来たのかも分からないからだ。
「ゾルバ・・・、ゾルバはいないの?」
「外にいると思う。」
「そう。」
リナが少し残念そうな声を出した。
「・・・メグは・・・?」
「・・・・・・・・・メグは、いない。」
「メグを知ってる?」
マツリは一瞬ためらった。
「・・・・知ってる。」
「・・・。」
「ヌメロウーノでしょ。」
なぜかとっさに、そう言った。
「うん。今、どこにいるの?」
[・・・・・・国光には、いないよ。]
ゆっくり広がる、会話。
暗闇の中での会話。
「会いたいの?」
「会いたい。」
胸が疼いた。
素直にメグに向かう気持ちに、胸がしまった。
「なんで。」
「必要だから。」
「どうして。」
「救われるの。」
「救われる?」
「メグが私を見てくれると、救われる。」
マツリは一寸黙って言った。
「メグが好きなの?」
「・・・・・好き?」
リナが一寸黙る。
「好き、っていうの。」
「・・・必要なんでしょう。メグのこと。」
「うん。」
「じゃぁ・・・好きなんだよ。」
「・・・・・・・そうなんだ。」
リナは、小さな声で言った。
マツリは、しまっていく心臓を感じてた。
「メグに会いたい・・・。」
「・・・いないよ。」
「メグに触れたい。」
泣きそうな声だった。
「どうしてメグなの。」
マツリの声が暗闇に響く。
「愛してくれないから。」
「・・・・・え?」
「無感情に、私を見てくれるから。」
「・・・・・・・・?」
マツリは意味が分からなかった。
「愛してくれないメグが好きなの?」
「でも側に居てくれたもの。」
心臓が。
「抱きしめてくれたもの、キスしてくれたもの。」
心臓が、しまった。
その後、ゾルバが扉を開けてくれるまでの間、何を話したか覚えてない。
確かに軋む心臓と、確かに揺らぐ脳。
ゾルバが私を見て私を連れ出して、私を部屋へと引っ張った。
「・・・満足した?」
ゾルバが言った。
「確信はした。」
ずっともやもやしていたものが、全て繋がって、眼に見えた。
「マツリ?」
「なんでもない。」
ゾルバが笑った。
「嘘だろ。」
マツリは俯いたまま彼の顔を見なかった。
そのゾルバの言い方が、メグに似てて、頭がぐらついた。
暗闇では見えなかった彼女の姿が、扉が開いた一瞬に目に焼きついたらしい。
彼女の金髪が、長いまつげが、物憂げな表情が、綺麗な白い肌が、幽霊みたいな白い衣が。
頭からはなれなかった。
・・・ばかじゃないの。
「嘘だよ。」
マツリが、顔を上げて、ゾルバを見た。
泣きそうな顔をして、思った事を口にした。
ゾルバがその時、何を思ったのかは知らない。
ただ、私を絞め殺すくらい強く抱きしめた。
メグの匂いがして、拒めなかった。

朝は来て、私はまた、いじられる。


「大阪?」
「そう、マツリ、大阪に運ばれたらしいよ。」
椎名が煙草をふかしながら言った。
「・・・。」
「リナとクリスとおんなじ施設らしいね。」
「大阪か。」
メグが呟いた。
「それよりお前、気を付けろよ。」
「あ?」
「国光が本腰入れてお前を探すぞ。」
「・・・・。」
おっさんにも言われた。
「俺もコレ、携帯、適当にぱくったやつからかけてるから。」
「ぱくったのかよ。」
中学生みたいなことをします。
「ゾルバも・・・大阪に向かったって聞いたぞ。」
「・・・ゾルバが。」
「俺も大阪向かうことになってな。」
「お前もか?」
「ゾルバに用があるからな。来週オペするんだ。」
「ゾルバを?」
「あぁ、それまではアイツには全ての自由が与えられてるみたいだから。おもりは大変だよ。」
してないけどね。
「マツリ・・・・・・・・。」
「ん?」
「マツリに会えるか?」
「俺?」
「あぁ。」
「あー・・・どうかなぁ。マツリは多分超厳重に扱われてると思うから、難しいだろうな。」
「・・。」
「会いたいのー?」
椎名がチャカした。
「うるせぇな。」
「会いに行けよ。」
椎名が急に真面目な声を出した。
「・・・マツリが来るなって言ったんだぞ。」
「お前らしくねぇなぁ、もっと強引な奴かと思ってたぞ。」
「・・・マツリがもう、壊れるのは嫌だ。」
「・・・・・・・。」
あぁ、そうか。椎名は思った。
あの時のマツリの目が、メグの脳に焼き付いて離れないんだ。
「俺がマツリに会うときは、あの施設を国光ごとぶっ壊すときだ。」
「過激派なこった。」
「るせぇ。マツリが今どんな思いしてるか、考えるだけでぶっ壊したくなる。」
ブラックカルテにしかわかんない、苦しみ。
椎名は黙った。 


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