ダブリ19

眠れない夜が続く。
「・・・・!」
はっと目を覚ましたマツリは自分の汗だくな体にそっと触れ、小さく縮こまった。
修復には相当時間とお金が掛かるらしく、国光にしては手間取っている。
今日で一週間だ。
あの日から。
毎日同じ夢を見る。
一週間だ。
眠れない夜が続く。

「ダブるんだよ。」
椎名が呟いた。
「ダブるんだよ。契を見ると。メグが。」
はー、とため息をついた。
「なんで俺がオペなんだ。」
独り言だ。べらっと渡された資料を見ながら歩きだした。
「あんたがすりゃいいじゃないですか。」
「浅葱君。」
「その名前は言わないでください。」
「ごめん。」
松田が笑いながら言った。
「なんで俺なんだよ、本当に。」
「腕を買ってるからね。」
「売った覚えないですけど。」
減らず口。
「しかもこれ、なんすか、何埋め込むんですか。下手すりゃ大脳に傷がつきますよ。」
「つかないよ。これは蛋白質99%の物質だからね。」
「関係ありませよ。」
「これはブラックカルテのものだからね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
言いなおされた言葉に、椎名は黙った。
「0%の、拒絶反応ってやつですか。」
「脳に常にノイズを送り続ける装置だよ。」
「また、こんな小細工考え出したんですか。発明家ですね。」
「どうも。」
褒めたわけじゃない。
「で、これ。埋めたらどうなんですか?」
「ん。それを知りたいから。埋めるんだよ。」
「・・・・・・・仮説くらい。あんでしょう。」
椎名は。歩き続けた。その横を歩く松田は、常に穏やかな顔をしてた。
「彼が、別の人間に、なる。」
 

そしたらどうぞ、殺してくれ。


ゾルバは、どうして。
「ドリー?」
「あぁ。」
「はじめまして、かなぁ?」
「ゾルバか。」
「そう。そっちはオレのこと、知ってそうだね。」
「・・・・・・・。」
なるほど、メグに似ている。
「どうして此処に?」
ドリーの部屋だ。よかった、マツリが此処に来ていなくて。
軟禁状態が、功を奏す。
「お仕事。」
「なぜわざわざお前が?ひとりで。」
「俺、今自由だから。」
「・・・。用件は。」
「消してほしい情報があるんだ。」
「・・・・喰えと?」
「そう。」
「稀な注文をするんだな。」
「俺、普通じゃないからね。」
ドリーは、椅子をぐるりと回して、振り向いた。
「何を?」
 

「マツリ。」
「・・・・・・河口さん。」
「なぜ食事を取らない。」
「いらないから。」
これ以上細くなる気か。
「眠れないんです。」
「・・・・・。」
「目を閉じると、何度もあの日の夢を見る。」
「・・・・体に障るぞ。無理してでも、食べろ。」
「・・・・努力はします。」
「・・・。」
頑固な女だ。
「お父さんの情報とか、見つかったんですか。」
「いや。」
「そっか。」
は、とマツリは笑った。
「そっか。私がブラックカルテだったんだから、もう探す必要もないもんね。」
乾いた表情のマツリが、崩れてしまいそうだった。
「父親に会いたかったのか。」
「どうかな。」
即答。
「今会ったら、あの風が出てきそうで、怖い。」
 

「リナ?クリスと同じ施設にいる?」
「そう。」
「・・・・理由は聞かないほうがいいか。」
ゾルバははっと笑った。
「いいよ、訊いても。」
「・・・。なんでリナの情報を消したい。」
「メグになっちまう前に、忘れたいんだよ。」
この言葉遣い。メグっぽいな。と思った。
「メグになったら、僕のことどう思うかなとか。考えるのに疲れたんだ。」
「好きなのか。」
「野暮だね。」
「訊いていいといっただろ。」
まぁね、とゾルバは笑った。
「リナは、メグに会いたがってる。」
「・・・。」
「虚しいだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
何も言わなかった。言わなかったし、何も、できなかった。
「考え直したって一緒だよ。」
そう言ってゾルバは去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何もしなかった。
一人になったドリーは、ため息をついた。
ゾルバは、何故。
そういう問いの答えに近づいている気がした。


―――メグみたい。
それが初めて会った時の彼女の言葉。
恨めしそうにゾルバは彼女を見た。
「・・・綺麗な髪だね。メグみたい。」
金髪のリナはそっとゾルバの前髪に触れながら言った。
「その目も、メグとおんなじ色。」
恨めしそうに睨む。
「メグがいるみたい。」
「・・・・・・。」
「此処に。メグがいてくれるみたい。」
そういって彼女は震えて泣いた。
ゾルバは何も出来なくて、俯いた。
 


「何しに来たの。」
「寄っただけだよ。」
「来ないで。」
廊下でマツリと河口とすれ違った。ゾルバ。
河口がマツリのその態度と吐き出す拒絶の言葉に、疑問を持ちながらマツリをちらりと見た。
「別に此処で襲ったりしないよ。」
「・・・。」
マツリが立ち止まって睨んだ。
ゾルバも立ち止まって不敵に笑った。
「近寄らないで。」
「随分嫌われたものだね。」
「違う。怖い。」
「・・・。」
「次は腕じゃすまないかもしれない。」
ざわめく心になにかが轟いていて、それを押さえつけている感覚。
これか、メグが言っていた化け物を出さないようにする、ってやつは。
「怖いね。」
「怖いの。」
ゾルバは黙って笑ってた。
「・・・。」
マツリは無視して歩きだした。
河口もそれについて歩く。
「・・・・・・・・・・知っているのか?あいつ。」
「・・・・。」
頷いたマツリは、不機嫌そうで、少し珍しかった。
「メグ。」
「!」
ばっと振り向いた。その顔は。
「・・・・メグも知っているのか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」
マツリは、ふっと俯いて歩きだした。
「メグは・・・・・。」
「・・・。」
「同じ学校だったから。」
その言葉の後は、二人とも無言で。その無言は、簡単な脳波測定が終わるまで続いた。
 


保健室。
開かない保健室。
夏休み。茹だる。
涼しい廊下。
「・・・。」
開かない保健室。
椎名のいない暗い部屋。
風で小さく揺れる白いプレート。
焼けた肌。1人、いづみが立つ。
保健室の前。
無言。
無言。
無常の今。
「・・・・・・・・・・・・・。」
インターハイは、逃した。
今でも聞こえてきそうな歓声。消えそうな雑音。
走るのをやめた。
個人の部。ひとつめのレース。
レーンの上。
ふと、走るのをやめて立ちすくんだ。
消えたような、消したような歓声。
何も聞こえない。
何を考えたわけじゃない。ただ、やめた。
高橋いづみ棄権の県大会。
高校は負けた。
「いづみ?」
「・・・。」
ゆっくりと振り向いた。リョウがそこにいた。
「体調悪い?保健室、開いてないよー。」
死んだような眼をするいづみに気付いているけれど、リョウはいつもの調子で話しかけた。
「リョウ。」
「なに?」
にこ。
「マツリに・・・合わす顔がないの。」
ぼろっと涙をこぼした。
絶えられなかったように、泣き出した。
そのまま、彼女は気を失った。



メグのこと。憎んでる。
 

「メグの消息、つかめなくなったんだって?」
椎名が煙草をふかしながら、言った。
「とんだお目付け役だな。新人か?」
「どうかなぁ。君が有能すぎただけかもしれないし。」
「世辞っすか。」
松田が笑った。
「まぁ、入れ替わりを狙って逃げたってのは考えうるけども。」
実際そうだし。
「逃げられないでしょう。」
松田が言う。
「そうっすね。」
まったく。
「お金をおろしたらそれで場所はばれる。高校生が1人、逃げ切れるほど甘くない。」
「そうっすね。」
適当。
「それに、逃げはしないよ。彼は。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうっすね。」

メグは、メグを憎んでる。

「リナは。」
「え?」
「リナは、メグのこと、忘れてないみたいだね。」
松田がいう。
「すいません。俺、リナって女知らないですよ。」
誰だそれ。
「あぁ、そっか。浅葱君はメグと楓くらいしか関わってないんだったな。」
「・・・・。」
だから、浅葱って呼ぶな。
「メグがまだあの施設にいた頃、施設に送られてきたブラックカルテだよ。」
「・・・・・・・・・番号は。」
「3。」
若いな。
「なんすか、その子。メグの女っすか。」
なかなかたらしこんでんじゃねぇか、あいつも。
「んーどうかな。少なくともリナは、メグに依存してたかな。」
「・・・・依存?」
「メグだけが、心の頼りだったんだろうね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
そんなに頼りある男か?あいつ。
「あの子は、人に愛されることができないからね。」
「・・・・・・・・・・・・・なんすか、それ。」
 

俺は、俺を恐れてる。



「メグ・・・・・・・・・・。」
久しぶりに聞いたような気がした、その名前。
一気にあの手のぬくもりが頭を支配。
格子越しに浮ぶ月を見た。
夜の孤独は、好き。
心が何にもとらわれない気がして。
だけど、思い出す。工場で感じたあの冷たい床。
だけど、思い出すの。メグのぬくい手。
どこが私のいるべき場所?どこに行けばいいの。どこに行けば、私は。
あのサラサラの髪。
今、どこで何をしてるんだろう。


「リナ?」
メグが怪訝な顔をする。
携帯。おっさんがくれたどこの機種かもわからないそれ。
「・・・・・・・・・覚えてるよ。あいつがどうした。」
椎名との通話。
「いや、今日たまたま松田、さん。と話してたら話題に上っただけだ。」
「松田・・・?」
「おう。なんだ?知ってるだろ。ブラックカルテの開発関係全てを担う責任者。お前も世話になったろ。」
「・・・・・・・・・いや。あぁ。知ってる。」
「まぁ彼女は、若い番号なのに結構な精神崩壊が進んでるらしいけど。」
「・・・・そうか。」
「お前、彼女のことよく知ってるのか?」
何が聞きたいんだ結局。
「まぁ、同じ施設にいたからな。」
「今もあの施設にいるのか?」
「や、あそこにいるのはご存知のとおり。マツリとドリーだけだ。」
皮肉っぽく言った。
「そうか。・・・リナはお前に会いたいそうだぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
急にメグは黙った。
禁句だったのだろうか。
「メグ?」
「俺は。」
「・・・?」
「俺は会いたくねぇ。」
そう言って携帯を切った。
 


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