ダブリ15
 

さぁ、謳え。謳え。今日を。
 

「今日、か。」
ふ、とため息をついたのは、椎名。
白い廊下を歩く。
とある病院の中。
久しぶりにまともに白衣を着る。
「椎名さん。」
「あぁ。」
顔を上げた。呼びとめられたから。
「本当にこのプロジェクトに参加されるんですね。」
「・・・・風間。久しぶりだな。」
「えぇ。」
一緒に歩き出す。
「なぜここに?」
椎名が問う。
「そりゃ、俺もこのプロジェクトに参加するからです。」
「・・・・お前、病院はどうした。」
「しばらくは閉じましたよ。ご心配なく。」
「・・・。」
風間と言う男は、笑った。
「でも今でも驚きですね。椎名さんがまさか大学首席ででたなんて。」
「・・・・・・・あぁ。お前も、いい成績で出たんだろ。俺の翌年。」
「首席は無理だったけど、そうですね。満足はしてます。」
「で、街医者になったお前が、なぜこんなふざけたプログラムに参加してるんだ。」
「くどいですよ。なんだっていいじゃないですか。」
「・・・。」
椎名は眉をひそめた。
「変わったな。」
「変わりますよ。」
「・・・。」
「人間なんて、生きていれば、変わるものです。」
大学時代の、後輩だったこの男は、昔。もっと、澄んだ目をしてた。
人間なんて、染まろうと思えばどんな汚い色にも染まれる生き物だ。
 

なぁ。メグ。
 


「今日も、また同じ検査です。体の調子はどうですか?」
松田がマツリを見て優しく訊いた。
「・・・・・・・・・・・・・大丈夫です。」
「・・・。」
松田はただにこりと笑った。
マツリはまったく大丈夫そうではなかったから。
「・・・拒絶反応だけ、気を付けてください。」
松田は緑堂に小さい声で伝えた。
緑堂はコクリととうなずいて、機械をいじり始めた。
「はじめます。」
機械が小さく唸る音を聞きながらマツリはゆっくりと目を閉じた。
また、俯瞰へ打ち上げられてしまう。
チクリとした麻酔の痛みも、頭の中で溶けて、だんだん目の前が見えなくなる。
その瞬間。昨日の時雨の沈黙を思い出した。
私は、化け物だと、思いますか。の問いに、結局答えてもらえなかった。
「メグ・・・・・・・・・・・・・・・。」

あぁ、そうだ。今日やっと、会えるんだ。
メグに。
会えるんだ。
 


「お前。あいつと知り合いだって言ってたな。」
「・・・・・・・・・・あぁ。うん。」
メグと歩く、茶髪の彼女が思い出したようにうなずいた。
「・・・・・・あいつに会いたいから、来るのか?」
「・・・ううん。」
首を振る。
「あの人とは、もう10年くらいあってないから。・・・きっとむこうが私に気付かないと思うしね。」
「・・・・・・・・・・そか。」
あっけらかんと笑う彼女の笑顔。拍子抜けする。
「それより、もう向かうの?白昼堂々の侵略?」
リョウがメグのほうを見て訊く。
「や、あっちでいろいろ準備が居るしな。新しい監視役が俺の居場所を把握する前にまかねぇとなんねぇし。」
「ふーん。監視役、ねぇ。」
リョウは、ちらとメグを見た。
結局の所、メグが何故国光なんかに監視されてるのか、リョウは知らなかった。



「・・・・・・・うっごかねぇなぁ・・・!」
河口がイライラして言った。
かれこれ3時間だ。
マツリに麻酔の針が刺さってから。
「井上!」
「はい。」
井上は振り向いた。
「レッドでも指しましたか。」
「んなわけねぇだろが!」
「・・・・・・そうですか?」
「・・・・・・・・?」
井上が言ったことが不可解だった河口は井上を見つめた。
「・・・・あの子、すごい汗ですよ。」
「・・・・・・・・は・・?」
ばっと河口がマツリを見た。
「・・・!」
驚いた。
マツリの座る椅子の下に滴る汗。
「ち・・!」
河口は駆け出した。そしてマツリの側へ駆け寄り、手首を取った。
「河口さん!動かしたら・・・・・―――」
緑堂が言った。
「脈は、表示数値どおり・・・・・正常だ。呼吸も、正常。熱もない。・・・・・・・・なんだ、この汗は。」
「河口さん!」
緑堂が声を上げた。
「緑堂!とりあえず、止めろ!」
「!」
「なにかおかしい!」
緑堂はすぐに機械をアレコレいじった。
機械が一声うなって無音を奏でだした。
そして緑堂はマツリと河口の下へと駆け寄った。
「・・・・・・・・・数値は、正常だったんでしょう?」
「あぁ、だが、この汗の量。半端じゃねぇ。」
「・・・一体どうして・・・。」
「ち・・・、今日はあいにく松田さんが居ねぇ・・・・・。おい!大丈夫か!」
パチパチ、とマツリの頬を2度はたいた。
「・・・・・・・・・・・・・・ん。」
小さい声をこぼした彼女は目を開けなかった。
「意識はないでしょう。麻酔がきいてる。」
「・・・・・・っとに・・!こいつ、世話の掛かる!」
河口はぶっきらぼうに立ち上がった。
「井上!時雨さんに連絡!」
「あ、言い忘れてました。今日大阪に出張で、いないんですよ。」
「はぁー?」
「ま、連絡はつけてみますけど。」
そういって井上は手元の受話器を取って番号を打った。
「はー、なんだよ責任者と、チーフいねぇんじゃこういう特殊な場合困るんだよな。」
河口がガシガシ頭をかいた。
「・・・とりあえず、時間をおきましょう。」
ピ、という音をならし、耳にイヤホンを付け、緑堂は襟についたマイクにむかって話した。
「今すぐ点滴用意、部屋は3階。あぁ、そうだ。頼む。」
ピピ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
緑堂は、河口を見つめた。
「どうしました?」
河口は黙ったままマツリを睨むように見つめていた。
「・・・・・・こいつ、本当に大蕗教授っていう人の娘なのか・・・?」
「あぁ、そうなでしょう。目とか、そっくりらしいし。」
「へぇ?」
あの強い、何も見てないようで何もかもが見えていそうな不思議な目をした人間が、2人も?
「・・・・本当に・・・・こいつは、ヌメロゼロ・・・なんだろうか。」
「・・・・・・・・・・?河口さん?」
「・・・・いや。行くぞ、部屋に運ぶ。」
「はい。」
かつかつ歩きだした、河口はいつもどおりの顔つきをしていた。
だけど、さっきは、なぜか。
違う人に見えた。
 


手を繋いで、眠りにつきたい。
優しいおでこにふれたい。
さらさらの髪にふれたい。
愛しいって、伝えたい。



「メグ・・・・・・・。」
「・・!」
河口は立ち上がった。
マツリが目を開けたのだ。
「・・・・・・・。ここは。」
むくっと彼女は起き上がった。
腕にくっつく点滴の針と、自分がいつも寝ているベッドを見てマツリは少し考え込んだ。
私はたしか、またあの俯瞰にうちあげられる機械に結ばれていたはず。
「・・・・・・・今、・・・・・・こいつ・・。」
河口が眉間にしわを寄せ怪訝な顔をしながら、呟くと、マツリははっと、彼を見つめた。
「・・・・あ・。あの・・・・・。私。」
「・・。脱水症状一歩手前だったそうだ。」
「・・・・・・・え?」
「数値はほぼ無反応のくせに、わかりにくいやつだな。」
はー、とため息を交えて、彼は壁際の椅子からマツリの側にきて、ほら、と言って水を手渡した。
「・・・・・、あ、ありがとうございます・・・・、あの・・・・。」
「・・・・。」
調子狂うな。
「河口だ。」
「河口さん。」
「・・・・・・・はー。」
ため息。
なんっつう真っ直ぐな目で見るかこの女。
「・・・しんじらんねぇな。こんなんが二人もいんのか。」
「へ?」
「いや。」
「・・・・・・・・!か・・河口さん!!今!・・・何時ですか!?」
マツリは、はッとして勢いよく尋ねた。
「あ?・・・あぁ。今4時半くらいかな。」
「・・・・・・四時半。」
「?」
「・・・・・・・・・・・。」
暫らくの沈黙。
「・・・・・。もう一度。」
「・・・・?」
「あの検査。今日やりますか・・・?」
じっとマツリは河口を見た。
「・・・・や、だってお前。お前の記憶は・・・・。」
難儀すぎて進まないんだよ。
「・・・・・・・・・・・。」
マツリは黙った。
「河口さん。」
「あ?」
「私・・・・・今までの検査で・・・、・・・その・・・・化け物だと、思いましたか。」
「・・・。」
「私・・・・異常ですか・・・?」
河口は、口を動かせなかった。
異常だ、と思っていた。
だが、河口は主観ではマツリのことをどうしてもヌメロゼロだとは思えなかった。
なにか別の。もっとなにか別の異常を、彼女は抱えていると思った。
それは、これまでのブラックカルテから感じられる畏怖の念ではなく、もっと悲しいような感じで、でもそれをうまく言葉には出来なくて、河口は黙った。
「・・・・・・・・・・・・・。」
マツリは、時雨に続くこの解答に。心臓が軋んだ。
「・・・・・。」
うつむいた。
「今日は松田さんが居ない。」
「・・・・・・え・・・?」
急に河口が口を開く。
「なにかあれば、俺を呼べ。」
ガタン、と椅子を鳴らして河口は立ち上がった。
「・・・・・・・・・。」
マツリは不思議そうな顔で河口を見つめた。
「・・・なんだよ。」
まじで調子が狂う。
「・・・・や。思ってたより、優しいから。」
「は!?」
河口が動揺して怒鳴った。
あ、やっぱ怖いかも。
「や、ありがとうございます・・・・。」
「・・・・・・・・・。よく寝ておけ。明日はまた検査だ。」
ソレだけ言って、河口は出ていった。
なんだか、あの人、メグに似てる。と思った。


月が夕方に白く浮んだ。
メグは本当に来るんだろうか。
メグは本当に私をむかえにくるんだろうか。
変な瞑想が拡がる天上を、マツリは見つめ続けた。
あ、なんだろう。心臓が軋む。痛みを伴って、軋む。
「・・・・・・・・・・・・苦しい。」
呟く。電気もついて居ない部屋の中。沈む太陽と共にどんどん暗闇を迎えていく。
月はまだ輝かない。星はまだ浮ばない。
「・・・メグ。」
会いたいと思った。
だけど、来てほしくないと思った。
だって、どうせまた、捨て身で来る。
楓が死んだ日も、メグは楓には敵わないと解っていながらやって来た。
血が出ても、向かっていった。
私は。それが怖い。
「・・・・椎名先生は・・・大丈夫かな・・・。」



「・・・・・・・・。」
振り向いたまま、少し固まっていた。金髪。
「久しぶりですね。」
「・・・・・・・松田・・・さん。」
椎名が驚いた顔のままそう呟いた。
松田が椎名の横に付いた。
二人は歩きだす。
椎名は小さなため息を吐いた。
「・・・やっぱりあんたが絡んでたんですか。」
「えぇ。国光のブラックカルテ関連の開発研究は僕が責任者ですからね、一応。」
「・・・・・・。」
椎名は、どこか警戒してるように見える。
「で・・・。その後どうですか、浅葱君。」
松田が微笑んで言った。
「・・・・・・その名前で、呼ぶな。」
椎名は俯きながら言った。
「あ・・・ごめんなさい。つい。」
「・・・・・・・・・。」
「で、どうですか?」
「・・・・変わりはありませんよ。あなたの手術ですからね。くずれとか、そんなことは起こり得ませんよ。」
「それは分かりませんよ。」
松田は笑った。椎名もふっと笑った。
「俺にとって、あなたは一番怖いよ。」
「・・・・あれは、トラウマになって当然な事件だった・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「今でも、すべてが怖いですか。」
「・・・・・・・・。」
椎名は黙る。
「ふふ。」
「何がおかしいんですか。」
む。
「僕ね、妹が居るんですよ。」
いきなりきりだす。
「その子は、ちっさい頃から、何にも恐れなくてね。椎名君にちょっと分けてあげたいです。」
「・・・・・・妹は初耳ですね。」
椎名もふっと微笑んだ。あんまり松田が嬉しそうに話すから。
「まぁ・・・・きっと、もう会えないですけど・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「さ、そろそろサンプルの胚に変化が出ますね。行きましょう。」
「・・・はい。」
松田のその顔が、その日、椎名は1日中頭からはなれなかった。



月が群青の空を這い上がる。


「行くぞ。」
 



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