ダブリ13
 

なにから話そうか。
静かな青い光と、かおる珈琲。
「・・・グラックカルテ。」
いづみがつぶやく。
「ブラックカルテの・・・化け物が、マツリの中にもいるって、あの人が言ってました。」
「・・・。」
「マツリのお父さんの居場所を、しりたがってました。」
「・・・。」
「マツリは、国光の、なんなんですか。」
「・・・研究者の、娘だよ。」
椎名がぼつりと答えた。
「・・・嘘。」
「真実らしいね。」
「あんな研究をしてる人間が、マツリのお父さんなはずない。」
「・・・。 」
「マツリのお父さんは、どうして国光から逃げたんですか。」
「・・・・・正常な人間なら。」
「・・・。」
「あの場所はどう見える?」
いづみがふっと、顔を上げた。
「・・・・異常だわ。」
笑ったように見えた。
「みんな、頭おかしいわよ・・・!」
「・・・・・そうだね。」
椎名が微笑んだ。
「・・・・だから、きっと彼も、あの場所を去ったんだろうね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」


月が昇ってた。

「13人のブラックカルテには、どんな人がいるの・・・?」
マツリが空をみながら言った。
「・・・それ実は一度椎名にきいた。」
「メグはしらないんだ。」
「しらねぇよ。俺がアソコ出たのは4・5年前だからな。」


「ブラックカルテって、みんな、メグみたいなの、しょってるんですか。」
「・・・・皆ではないね。」
「・・・。」
「13人いるブラックカルテのうち、もう4・・・・、5人は死んでいるんだ。そして1人は行方がわからず、国光が今必死に探してる。で、今マツリに目をつけたってわけ。」
「・・・はぁ。」
「メグは左手に恐怖を喰おうとする化け物がすんでる。」
「・・・恐怖をたべる?」
「あの白い怪物は、メグに恐怖を抱いた人間だけを傷つけるんだ。ソレこそ、喰らうように、牙で。」
「・・・・・・・・。」
ぞっとした。
「それが、暴食衝動のタイプ。メグの次に現われたブラックカルテも、そうだった。」
「・・・ほかにも種類があるんですか。」
「体を変異させるタイプだよ。メグの場合は、体の中になにかがいて、いわばそれと共存してるけど、彼らは体そのものが変異するんだ。」
「・・・・・・・。」
「こっちのほうが20世紀からミュータントの研究としてよく取り上げられていたかな。」
「・・・はぁ。」
「どれもこれも、人知を超えるということは、確かだよ。」
「・・・・・・・・・・・。マツリは、いくんでしょう・・・・?」
「・・・。」
「本気で、あそこに、いくんでしょう?」
「・・・・らしいね。」
「・・・はは・・・。いくらとめても、あの子は止まらない気がしてた。」
「頑固だよね。」
「まったくだわ。」
泣きそうだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・10日で。帰ってくるって。」
「・・・・嘘。」
いづみは下を見たまま呟いた。
「嘘はつかないと思うよ。」
「・・・・可能生の問題だと思います。」


「メグ。」
呼んだ。
「・・・寝た?」
振り向かないし、声もない。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ため息をついた。マツリ。
青い暗闇の中、メグの背中を見つめてた。
今日は手を繋いでない。
マツリがベッドを占領して、メグが布団代わりにいろんな物をしいて、そこに横たわっている。暗闇。
「全部なくなればいいのに。」
マツリが呟いて天井を見た。
「・・・・・・・・・・なくなれば、いいのに。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
メグは目を開けた。そして暗闇を見て、マツリの声を聞いた。
「なんで、こんな世界に、生まれたんだろう。」
マツリは、目を閉じた。
呟いて、そのまま、まぶたに映る暗がりを見てた。
沈黙が、嘘みたいに耳に心地よくて、このままずっと眠れそうだと思った。
ゆっくりと、眠りに、落ちていく。その感覚。
ギッ・・・・
「・・・・・・。」
きしむ音。目を開けた。
「・・・・・・・・・・・メ・・・。」
メグがそこにいた。
ベッドに手をついて、マツリをのぞきこんでいた。
マツリは起きようとした。
「お前も。」
「・・・え。」
メグが口を開いて、深い海のような目をしたから、マツリはそのままメグの目を見続けた。
「・・・・お前も、弱音とかはくんだな。」
「・・・・・・・ひとなみに。」
ひとなみか?聞いたことない。
ギ・・・またきしんだ。
「メ・・・」
コツ。
額に、額がぶつかった。
「・・・・・・・。なに。」
マツリが不思議そうな顔をした。
「お前だってこのまえこうやっただろ。」
「・・・・・・・・・・。起きてたの。」
「うっすらとな。」
「・・・・・意地悪い。」
「お前だろ。」
「悪くない。」
ガキか。なんだこの会話。
「ゆっくり寝ろよ。明日から、疲れるから。」
「・・・・うん。大丈夫。」
「・・・」
ふっとメグがちょっと意地悪く笑った。
そして静かに、もう一度おでこにこつんと額をぶつけた。
それからマツリの髪の毛にふれて、起き上がって、また布団に戻っていった。
「・・・・・・・・意地悪い。」
マツリが地味にバクバク言う心臓を押さえつけながら、そう呟いた。
だってほんとに今度こそキスされると思った。

たんなる根性なしなのかなんなのか。
 

朝が来た時に、自動的に目が覚めた。
こういう朝って時々ある。
そしてやけに空が綺麗なんだ。
「・・・・・・・・今日か。」
さすがにこの呟きはメグにも届いていなかった。
彼はまだぐっすりと眠ってた。
ごそっとマツリはベッドをすり抜けて、メグの顔が見える所にちょこんと座った。
「・・・・・・・・・・。」
ねぇ、メグ。
「・・・・・はー。」
あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私、少しだけ怖くなって、泣きそうになったんだ。
じっとメグの寝顔見て、落ち着きたかったんだ。
ねぇメグ。
「・・・・・・・・・。」
あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私。あの時。メグの頬に、口付けた。
寝てて良かった。
だって、その後、二三粒の涙が、私の頬を転がったんだ。
苦しさとか、愛しさとか、変な感じで、心臓が変な動きをしてたよ。

「さよなら。かも、しれないね。」

ガチャン。
戸が閉まる音がした。
カーテンから光が漏れた。
「・・・・・・・・・・・・。」
メグが目を覚ます。
「・・・・・・・・マツリ・・・?」
部屋に彼女の姿はない。
「・・・!マツリ・・・!」
ガバッと起き上がった彼は叫んだ。そしてどたどたと、戸を開けた。
「マツリ!」
近所迷惑だ。
「・・・・・・・・・・。」
マツリはまだそこにいた。
アパートのエントランス。
顔を上げて、3階を見た。
「メグ。」
「なにしてんだよ!お前・・・・!卑怯だぞ!寝てる隙に・・・・!」
「ごめん。」
マツリは静かに言った。
「どうしてもいきたいの。」
「何処へ・・・・!」
「世界の端っこ。」
「・・・・へ?」
それだけいうと、マツリは振り向くことなく、歩きだした。
メグは何度もマツリを呼んだ。
でも、彼女は振り返ることはなかった。

なんでなんだろう。
最初は、本当は、今日。お父さんがいたという大学にいきたいと思ってた。
だけど、今日になって突然。あの場所に戻りたくなった。
灰色の世界に、まだ私が生きていた頃。
世界の端っこはあの場所だった。
あの頃に戻りたいとは思わない。
だけど、父親にあえるとしたら、あの灰色の世界の中だと思った。
あの工場。
一体なんの工場なんだろう。
よくみると、機械の規模はザンバラで、なにか中型の物を作ろうとしていたみたいだ。
一区画にネジとかなにかねじれた金属のものが、たくさん積んであった。
無駄に乱立した機械達が、埋め尽くすように敷地に詰まる。謎だった。
「・・・・・・・・・・なにも、つくれない。」
それが答えだった。
この場所では何も生産できやしない。
そう思った。
二階にある部屋に上ってみた。
ひどく埃まみれで、マツリもはじめてきしむ階段を上ってそこへやってきた。
そして窓から工場全体を見た。
「・・・・・・・・・なにかを・・・。」
隠してるみたいに、見えた。
「・・・・・・・・・・なにを。」
解らなかった。
だけどこの謎をとくと、きっと父に近づくと思った。そこにきてマツリはある物に気がつく。
「・・・・・・・・なに。」
ベコベコになったいくつかのマシンだ。
「・・・。」
あの日血が飛んだあたりの機械が、いくつかなにか重い鉄の塊を思いっきりぶつけられたみたいなことになっていた。
へしゃげている。
「・・・・・・・・・・・。」
いつからそうなっているのか、思い出せなかった。だけど、これは、きっと。
「・・・・・・私が・・・・やった。」
そう、心の奥で、ぼんやりと確信した。だけどどうやって。
マツリは肩を抱いた。
こわい。
マツリはゆっくりと、あの日、母が死んだ場所を。自分が押し倒されて、殺されかけたあの機械の壁を、見た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
あぁ。
「本当に・・・・私・・・・・やっぱり、化け物なのかな・・・・・。」
ねぇメグ。
あの時、すぐに、メグに会いたくなった。
不安をぬぐってほしかった。
あの場所は、ひどく、ひどく、へこんでいた。

まるで 大きななにかに、 大きな生き物に、 殴られたかのように。
女の子一人が ぶちあたって つくようなヘコミでは、なかった。

「ピンポーン。」
ガチャガチャとチャイムをおして椎名が言った。
「・・・・はいるよー?」
出ないメグに痺れを切らして椎名はドアノブにてをやった。
「・・・・・・・・・・あいてる。・・・・・・・・メグ!いるんだろう?」
ガチャン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
椎名は驚いた。
「メグ。」
メグはベッドに腰をかけたまま、下を向いていた。
「・・・・マツリは。」
「出てった。」
「・・・・即行、妻に逃げられたダメ夫みたいな事言うなよ。」
椎名がはは、と笑ったけれど。メグは下を向き続けた。
「いつ。」
「今朝。」
「・・・・手でも出したかぁ?」
「出すわけねぇだろ。」
「あそ。」
ヘタレ!呟く。
「けど、きっとあの子がアソコに向かうときは、こういう風にいくかなって、ちょっと予想してた。」
「・・・・・。」
メグが椎名を見た。
「あのこの意思って、深い所で、ものすごく強いから。」
「・・・。」
「もう、俺ら、待つしかないんだよ。」
「・・・・。・・・・・・・っくしょー・・。」
手を握りつぶした。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
マツリはまだ工場にいた。
「・・・。ブラックカルテの化け物は、物にはふれることはできなかった・・・。」
人間だけを食いちぎっていた。
「・・・・・・・・・・・なんなんだろう、この・・・・。」
マツリは考えていた。
だけど、決めた。
ふっと、立ち上がって、そして、向かった。
あの、場所に。


「・・・・もう、ですか?」
「はい。」
立ち上がる、男。そしてエントランスへ向かう。
「・・・・・・・・・・・・お早いおつきですね。」
「待たせるのは、趣味じゃないんです。」
マツリが、そこに。たって、そういった。
「・・・ようこそ、国光へ。」
マツリは、国光へ、入っていった。
 



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