ダブリ12
 

「メグ。」
男が口を開いて、メグの名前を呼んだ。
メグは構えたまま、何も言わなかった。
「大蕗マツリは、今どこに?」
「・・・・・・・・。」
沈黙。
「メグ・・・。」
いづみはメグをチラッと見た。
「いづみ、お前はしゃべるな。」
「・・・う、うん。」
メグは振り向きもせずにそう言った。
「・・・解っていると思うが、お前のその左手は俺には反応しないぞ。」
「解ってるさ。」
男が余裕綽々に一歩近付いた。
「知っているか?大蕗マツリが今どこにいるか。」
「・・・・知ってても教えるわけねぇだろ。」
「なるほど。」
男がため息をついた。
「学校の資料には全く彼女のデータがない。さらに彼女のクラス写真にも彼女は映っていない。」
「・・・・・・・・。」
いづみには思い当たる節があった。
「回りくどく聞き込みをし始めたらどうだ、彼女は学校に来ていないときた。」
「随分手間取ってたんだな、らしくねぇ。」
メグが睨んでいった。
「一応隠密に動いていたからな。大きくは出れなかった。しかもようやっと手に入った情報だと、神威 萌とよく一緒にいると言う話だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
男はまるで。滑稽な事実に笑い堪えているように見えた。
「友達ができたんだな、メグ。」
「うるせぇ。」
「大蕗マツリに、それから、その、」
指を指された。いづみはどきっとした。
「女の子とも。」
「うるせぇっつってんだろ。」
「類は友を呼ぶ。」
いや、そこは謝ってください。私はサボリ魔ではありません。
いづみが冷静に心の中でつっこんだ。
「その子も、調べたら出るかもしれないな、あの化け物が。」
「こいつもマツリもブラックカルテなんかじゃねぇよ!」
メグが吠えた。
「調べてみなければ分からないこともある。・・・・お前としゃべっていて虫唾が走る。そろそろお喋りは終わりにしろ。」
「・・・・!」
メグはぐっと拳を握りつぶしていた。
その瞬間。
「私、ブラックカルテじゃないんですけど。」
あの、澄んだ。透き通った真っ直ぐな声が、耳に届いた。
「・・・・・・・・・!」
メグは顔をばっと上げて、その姿を見た。
「いづみ、探しに来たよ。」
ふわふわのパーマ。あの黒い真っ直ぐな目。
「マツリ・・・・ッ!」
マツリが制服姿のまま、たっていた。
男が振り向いて、その少女を見つめた。周りの男たちがマツリを掴もうとした。
「やめろ!」
メグが叫んだ瞬間。
「やめろ、手荒な真似はするな。」
男がそう言った。
「・・・・。」
マツリは何も無かったかのようにメグと、いづみと、そして前に立つ男を見つめた。
「大蕗 マツリさんですか。」
「そうです。」
即答した。
「なんでここに来た!アイツは!」
あえてここで椎名と呼ばなかったメグは、国光をよく理解していた。
「ちゃんといるよ。車に。」
「・・・・・・・・・・っ。どういうことか分かってんのか!」
「うん。分かってるよ。」
マツリは顔色も、表情も、何一つかえることなく真っ直ぐ言った。
「私を、探してる人が、いるって。」
違うだろ。
メグが睨んだ。
マツリは無視した。
「あなたですか。」
男のほうを見た。
マツリが嘘みたいに落ち着いていて、国光の男たちは一瞬息を飲んだ。
「あぁ、わざわざそちらからお越しいただいて。ありがたい。」
「いいえ。いづみを連れ戻しにきただけです。それから、メグも。」
「・・・・・・マツリ!」
いづみが叫んだ。
「いづみ、ごめんね。」
違うだろ。
いづみも、そう叫びたかった。
「帰ろう。」
「・・・・・・・っ!」
いづみが涙をこぼした。
怖かった、って思いと、マツリの莫迦!って思いが、溢れた。
「行け、メグ。」
男がそう言ってメグを見た。
「・・・・・・・・・っ。」
メグがいづみをひっぱって歩き出した。
マツリのもとまで。
「・・・・マツリ・・・!」
「メグ、大丈夫?」
「何で来たんだよ!」
怒ってた。本当に。
「うん。ごめんね。」
真っ直ぐそう言った。
これじゃ、もう責められないじゃないか。
「マツリ!」
いづみがマツリに抱きついた。
「ごめん。私の身代わりなんてしてくれて・・・。」
ぶんぶん頭を振った。
「なんで来たの・・・っ。」
「二人を連れ戻しに。」
いづみの目から涙が出た。
だってマツリが小さく笑ってたから。
「では、大蕗マツリさん。」
男がそう言った。マツリは彼を見た。
「マツリでいいです。大蕗じゃ。大蕗 奔吾と、紛らわしいと思うから。」
マツリがしっかり彼を見ながら言った。
「では、マツリさん。ここに来てくれたということは、我々に協力してくれるということですね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・私はブラックカルテじゃないですよ。」
真っ直ぐ。
「メグみたいな化け物は体から出てきたことないし。検査も常に正常の数値だし。」
「でも、その数値すら、公のデータとしては残らない。残っていない。」
「・・・・。」
「そこがおかしいんですよ。」
「ミスです。」
「そんなミスばかりが起きますか?」
「・・・・。」
「あなたの父は奔吾だろう?」
「・・・・・・はい。」
隠すこともなく。マツリは吐きだした。
「だけど、私もあの人を覚えてないくらいです。あの人も私のことなんか覚えてません。」
「それは解らない。あなたがブラックカルテじゃない証拠も、まだない。」
「・・・・疑うんですね。」
「科学者ですから。」
会話は沈黙に陥った。
「・・・・・・・・・・・・じゃあ。」
マツリが口を開く。
「・・・・少し時間を下さい。」
「・・・・時間?」
「3日でいいです。」
「・・・・・・約束ができると?」
「はい。自分の足でここへ、もう一度きます。」
マツリはあの目でいう。メグは止められなかった。だって、彼女の目は。
「なんなら、さらいに来ていただいても結構です。」
「はは。随分な言い方だな。」
「巻き込んでしまったいづみに、きちんと話す時間がほしいから。」
「・・・。」
「国光から逃げられるとも、思ってません。」
彼女のまなざしは、折れないから。
「三日の間。何をする。」
「・・・・私に、黙秘権はないんですか。」
「・・・。」
沈黙の間、マツリの強い目が男に突き刺さった。
「・・・・・いいだろう。三日だな。」
「はい。」
「三日後のこの時間に、お迎えに上がります。」
「わかりました。」
マツリはそう言って。向きを変え、歩きだした。その態度は毅然。
「マツリ・・・!」
メグそのマツリを追いかけた。
「メグ。」
そのメグを男が呼んで、メグはゆっくりと振りかえった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ブラックカルテのことを話したのか?」
「・・・・・・・・・・あれだけ巻きこまれたんだ、知る権利くらいあるだろ。」
「・・・・・なるほど。」
「マツリは来ないぜ。」
「・・・。」
「連れてこさせねぇ。」
そう言ってメグは背をむけ、歩き出した。マツリを追った。
「・・いいんですか?」
あの優男が、男に訊いた。
「かまわん。問題もない。」
「・・・。」
「それにしても大蕗マツリ・・・。・・・・・奔吾にそっくりな目をしている。」


「なんで来させた。」
メグが椎名を見るなり、掴みかかる勢いでそう言った。
「メグ。」
マツリがぼつりとそう言って、メグを見つめた。
「私が言ったの。先生を責めないで。」
「・・・・・・・っ。」
「すまない。」
椎名が、メグを見て言った。その三人のやり取りを、いづみはただ見つめていた。
「いづみも・・・・巻き込んじゃったね。」
「・・・・・・・・・・なによ。そんな・・・・。」
いづみが震えながら言った。
「・・・。」
「なんなのよ、一体。」
「・・・。」
「説明してよ。」
涙がこぼれてた。
当たり前だ。
彼女は何も知らなくて、彼女は何も、関係なくて。
そして、怖い目にあったんだから。
マツリがいづみを支えた。
「メグのそれ、なんなの?」
「・・・・・・・・・。」
「国光のアイツらなんなの?」
「・・・。」
「マツリのお父さんが・・・なんなのよ・・・。」
ボロボロ。落ちる涙がマツリをぬらした。
「いづみ・・・。」
「車で移動しよう。そろそろ夜も遅い。送りながら、話をしよう。」
椎名も、いづみの肩に手を添えて優しく言った。


車内。
「突然変異の・・・ミュータントって、知ってる?」
「・・・・・・映画でしか知らない。」
いづみが涙をふきながら言った。
「メグのあれは、その突然変異なんだって。」
「・・・・・呪われた手・・・ってただの噂じゃなかったんだね。」
「・・・そうだね。」
マツリは優しく言った。
「国光の人たちは、だからメグのこと・・・知ってたの?」
「・・・・・・・・。」
ちらっとマツリがメグを見たが、彼はこちらを見ようともしなかった。
「・・・・そう、みたい。」
「なんなの・・・?あのラボも・・・っ・・・血の跡がいっぱい残ってた!」
「・・・・。」
震えてた。いづみ。
「あの男・・・っ。」
「・・・あの人?」
ボスみたいな男のことだ。
「あの人・・・っ怖い・・・!」
「・・・。」
「マツリ・・・、行っちゃダメだよ・・・・。」
いづみがマツリの手を掴んだ。
「お父さんがとか、マツリのこと私何も知らないけど・・・っ、行かないでっ。」
「・・・いづ・・」
「行ったら・・・っ戻ってこれないよきっと!あいつら、私になにかの実験をしようとしてたっ・・・!マツリも・・・!同じ目にあっちゃうよ!」
「・・・・・・・・うん。そうだね。」
「ダメだよ!行かないで!」
涙が出ていた。また。
拭いたところから転がり落ちるんだ。
「・・・・・・・・・・・うん。ありがとう、いづみ。」
ぎゅっとマツリがいづみを抱きしめた。
そんなやりとりを、メグは外を見たまま、何もしゃべらずに聞いていた。
心が締まっていく感じ。
畜生、の気持ちでパンクしそうだった。
「じゃあね。いづみ。」
椎名がいづみの家の前で車を止めた。
手を振りながらマツリはそう言った。
最後まで不安そうな顔をしていづみが言う。
「絶対、明日・・・っ学校に来てね・・!」
「うん。明日。またね。」

だけど、そう言って別れたいづみは、次の日学校には来なかった。
だから、あの日まで、いづみに会うことは、もう、なかった。

「さて。」
車を走らせながら、椎名がそう言った。
「大変なことになってきたね。」
「・・・・・るせぇ・・・・マツリをつれてくんなよ・・・お前は・・・!」
「・・・マツリに負けたんだよ。俺。」
「・・・。」
畜生。
「お前も、誰かを殺めなければ、あの場は切り抜けられなかっただろ・・・。」
「・・・・・・・。」
「メグ。」
マツリが口を開いた。
「ごめんね。」
「・・・・・・・・謝んなら・・・来んなよ・・・!」
すねた。こっちを見ようともしなかった。
「お前はヌメロゼロの可能性があるって思われてるんだぞ!」
「・・・違うんだけどね。」
「あいつらがヌメロゼロを血眼で捜してんのは。ブラックカルテの管理だけじゃねぇ・・・!」
メグが怒ってた。
「ヌメロゼロなら・・・!ブラックカルテの高いナンバーにゃできない・・・下手したら俺よりひどい研究ができるって踏んでんだぞ・・!」
「・・・・・・・・・。高いナンバー?」
「楓とかね、最近変異が発見された子は、変異が進みすぎて精神が不安定でね、下手に実験ができなくなってるんだ。」
椎名が説明した。
「そしたらお前・・・!」
「メグは、ひどい研究・・・受けてきたの・・・?」
「あぁ!?」
なんで怒るんだろう。
「・・・辛かった・・・・?」
「・・・・・っ・・・・決まってんだろ!体の中とか!脳の中とか・・!記憶とか!全部いじくられて引きずり出されて・・・・全部・・・・!」
「・・・・・・・・・そう。」
マツリの声が、いつもより憂いていて、なんだか泣きたくなった。
「辛かったね。メグ。」
「・・・・・お前の・・!」
メグがようやくマツリの方に振りかえった。
「お前のほうが!辛いに決まってるだろ!」
「・・・・・どうして?」
メグが、壊れそうに、揺れてた。怒ってた。
「女だろ!お前!」
「・・・あ、立つようになったんだ。」
椎名はハンドルを勢いよく切りかけた。
「何処で覚えてきたの その台詞!」
あ、椎名もメグと同じツッコミだ。
「・・・・先生。」
「ん?」
マツリが口調を整えて言った。
「家に帰る前に、寄ってほしいところがあるんです。」
「・・・・・何処・・・?」

キキッ・・・
車は止まる。
「・・・・・・・・ここは・・・。」
椎名が見上げた黒く浮ぶ廃工場。
少年と少女は、黙って二人、歩きだした。
「あ、ちょっと!」
ガコーン!
いちいち、通るたびにうるさい音がする入り口。
二人は中に入った。
中の空気は、あの日のままだった。
「・・・・・・。」
あたりを見回した。
本当だ、何も無かったかのように楓の死体も、楓の血も、メグの血も、全部消えている。
胸が苦しくなる想いだった。
だって、ずっと本当はずっと葛藤してた。
私はまた。人を殺めたんじゃないかって。
ずっと考えてた。
あの時私が何も話さなければ、楓は。
『高ナンバーのほうが、精神が不安定。』
椎名の言葉が頭で響いた。
楓は、その精神とやらが大きく揺れたりしなかったんじゃないか。
そしたら、楓の化け物は彼女を襲ったりしなかったんじゃないか。
そんな、葛藤。
「・・・・・・・・・・・寒い。」
マツリが口を開いて小さく呟いた。
「・・・・・・・・・あぁ。」
メグは、頷いた。
「昔も私、こうやってここに来て、消された血の跡を、必死で探した。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・ここ・・・いつもこんな色なの。」
「色?」
「・・・色のない、灰色の、世界なの。」
「・・・・・・・。」
メグをじっと、マツリが見た。
「メグ。」
「・・・・・・んだよ。」
「私、ブラックカルテじゃないよ。」
「解ってんよ。」
「諦めてくれるまで、耐えるよ私。」
「・・・やめろ。」
「私、いくよ、あの場所に。」
「それ以上言うな。」
「でもメグ・・・――。」
マツリがメグに手を伸ばした。
「行かせねぇよあんな場所には絶対!」
また、怒る。
「あんな・・・っ。」
「・・・・・・・・。」
沈黙と、心音の跳ねる音。
「・・・マっ・・・。」
「メグまだあそこに、縛られてるんだよね。」
「・・・・っ。」
手が。
「メグはまだ、国光から、逃げ切れてないんだよね。」
手があったかくて、びっくりしたのを、憶えてる。
「・・・・・・切りにいかなくちゃ。そんな、鎖。」
「・・・・・っ。」
「・・・・それに、私も、知りたい。」
「知りたい・・・?」
「私の、お父さんのこと。」
マツリが真剣な顔をした、いつもよりきりっとした顔。
普段見せない表情だ。
「私の、お父さんのこと、知りたいから。」
「・・・・・・。」
「行かなくちゃ。」
マツリが一瞬怖かった。
あの目が、もっと、もっと真っ直ぐになってあの、世界の端を見つめていた。
あの時のマツリは、何を思っていたんだろう。
メグは握られた手を握り返した。強く。
「メグ。」
「10日だ。」
「・・・。」
「10日だけ、待っててやる。」
「・・・・・・・。」
「10日経っても、」
もし。
「もし、帰ってこなかったら。」
もしも。
「連れ戻しにいくからな。」
もしも、あの時。
「・・・・・・・・・・・・うん。」
もしもあの時、ああだったら、って。
「迎えに来て。メグ。」
もしもあの時、こうだったら、って。
いつも思うよね。いつも、嘆くよね。
もしも、ここで私が、楓に何も言わなかったら、楓は死ななかったのかな。
そんな葛藤に付きまとわれてた私達は、いつもよりずっと崩れそうだったよね。
いつもよりずっと、悲しかったよね。
泣き声が聞こえた気がした。
風の音が、うなるから。
私達は、うつむいたんだ。
「・・・・・・・・・・・はぁ。・・・・ま、いいか。」
椎名がふっとため息をついて微笑んだ。
そしてそのまま黙って背をむけて、車へ歩いた。


その手のぬくもりを。
その掌の鼓動を。
ずっと、忘れられないくらい。
焼き付けておきたかったよ。
ねぇ メグ。
目が覚めてメグがいて、私は、メグの目に溜まる涙を見た。
だから、息が詰まって、もう一回眠りについたんだ。
手は、離さないまま。
あの日、完全に遅刻だったよね。



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