ダブリ11
 

手は絡んだままだった。
眼が覚めた瞬間、ばっと、飛び起きた。
「・・・・!」
ばさっとした髪の毛。
寝る前に乾かさなかったからだ。
マツリは無言で握ったままの手を見た。
メグはまだすやすやと眠っている。
朝の光がカーテンから漏れて白っぽかった。
だけど、あの白い世界とは違った。
椎名はいなかった。メグの手当だけして帰ったようだ。
それにしても寝ている人間の手当は大変だっただろう。
「・・・・・・・・・。」
マツリは手を解く気にもなれなくて黙ったままでメグの顔を見つめた。
メグ・・・。はっきりと、心の中でつぶやいた。
もう頭はぐらぐらしない。
だってはっきりしてる。彼をはっきり。思い出した。
相変わらず綺麗な肌で可愛い顔した少年だった。
さらさらの髪の毛がなんだかいとおしかった。
起こす気にもなれなかった。
久しぶりにこんな風に眼が覚めたと思った。
ずっとまどろんだ朝を迎えていたから。だけど今は違った。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ト・・・―――。
優しくメグの額に、額を寄せた。
 

保健室、携帯が鳴っていた。
「・・・こっちは寝不足だっつのに・・・・・。」
椎名が嫌そうな顔をして起き上がった。
「はい・・・――。」
長い金髪をてぐしでとかす。
「えぇ・・・そうですか・・・・楓は・・・・はい。」
バーボンをグラスに入れながら彼は呟いた。
「・・・・さすがですね。国光の跡形もなく事件をなかったことにする能力には舌をまきますよ。」
カラン。
「・・・・大蕗 祀ですか・・・。えぇ。いいえ。まだ・・・。はい。分かりました。なんにしても楓の件は・・。分かりました。では、また。」
携帯を耳から放し、椎名ははぁ、とため息をついた。
もう一山、ありそうだ。


「・・・・・・。」
すっと、メグが眼を覚ました。
「・・・・!いっ・・・!」
ズキンと戻ってきた肩の痛み。
同時に左手に手が絡んでるのに気がついてはっとマツリに気がついた。
「・・・おはよう。」
「・・・・・・う・・・っぅえ!?」
なに。その動揺。
「椎名は!」
「いないよ。帰ったみたい。」
「・・・・そっ・・そうかよ。」
ぐっと、左手を引き抜こうとした。
だけど。
「・・・・・・な、なんだよ・・・・っ。」
「・・・・なんでもないけど。」
マツリがきょとんとした顔で言った。
繋いだ手を離してくれない。
「なんか、恋人みたいだね。」
「あぁッ!?」
そんなに大きな声を出さなくても。
「なに。」
「なにってお前!」
確かに、マツリが着ている服はメグのだし。
この状況を見てそう思うのはあたり前かもしれない。
「メグ。」
「あぁ?!・・・って・・おま・・・。」
メグ、とはっきり呼んだ。
その時のメグの顔。
「ありがとう。」
びっくりして、変な顔だったよ。
 

何日かたって、メグの傷も癒えてきた頃。
「まッ・・・マツリィ――――!」
「ん?」
後ろから声がして振りかえった瞬間ゴチンとい音と主にいづみが体当たりしてきた。
「いたた・・・・いづ・・・・」
「マツリ!だい・・・!大じょ・・・大丈夫なの!??!」
「え・・・・?」
横を歩いていたメグが横目でどもるいづみを見つめる。
「もう学校来て大丈夫なの?!」
「あぁ・・うん。大丈夫だけど・・・。」
あまりに真剣にいづみが言うから、つられてどもった。
「よかった――――!」
またいづみが抱きついた。
うわぁ、と崩れかけるマツリ。
「おい。」
メグが呆れた顔で言った。
「・・・・・・・って!メグ!」
叫ぶな。いちいち。
「あんまり校門で暴れるなよ。恥ずかしい。」
「なによっ!朝からいるなんて珍しいじゃないですかぁ。」
なんつぅむかつく言い方だ。
「っつか、マツリ!なんでこいつと登校してんの!?」
「あのなぁ・・・とりあえず昇降口まで歩・・・」
言いかけた時だった。
「一緒に行くって、約束したから。」
空気を固める彼女の台詞。
 

「アリエナイアリエナイアリエナイ」
ぶつぶつ。
「なーに、いづみ、変なオーラだして。」
リョウが除きこむ。
昼ご飯。今日はリョウと階段昼食だ。
マツリは保健室に用があると言っていた。
「マツリが帰ってきたじゃん、なにか不満でも??」
「えぇ、おおありですけど何か!」
あらら、荒れてますね。
「だって、メグを忘れるほどやばい状態だったのになに、あのラブラブっぷり!」
「あーメグも復活したよね。」
「も。まじアリエナイ!」
あはは、とリョウが笑った。
「こっちは死ぬほど心配したのにさっ。」
「ま、そういう日もあるよねー。」
「・・・・アレコレ真剣にかんがえてたのに、バカみたい。」
「・・・。」
急にいづみがすねだして、リョウは笑うのをやめた。
「・・・・・・・・。」
口を尖らせる。
「バカじゃないよ。」
ふわっと笑った。
「いづみはいい友達だよね。ホント。」
「・・・・・・・・・なによー。」
今度は照れて。そして笑った。いづみ。



「楓は、国光がきちんと死体を引き取ったよ。」
「・・・・そうですか。」
「あの工場の血痕やらなんやらはすべて跡形も残ってないよ。ルミノール反応すら出ないだろうね。」
椎名がマツリと向かい合って少し暗い部屋でバーボンを飲んだ。
「学校の根回しも終わった。彼女は急な転勤のため転校したことになってるから。」
「・・・・・はい。」
「マツリには、いろいろ辛い思いさせちゃったね。巻き込んでしまった。」
「・・・・・・・・いいえ。・・・・あの、先生。」
マツリが顔を上げる。
「先生は、国光が今何をしようとしてるか、知ってますか。」
「・・・・・・・・・・。」
「メグだったり、楓だったり。国光が深く関係してるのは分かったんですけど・・・。でも国光がどうしてあの二人と接触を持ってるか分からないんです。・・・・・それって、やっぱり・・・。」
「呪われた体の持ち主だからだよ。」
沈黙。
風が気持ちよかった。
「・・・・・・・・・・。」
「言ったことあったっけ。」
「・・・何をですか。」
椎名がソファをギシっといわせた。
「ブラックカルテのこと。」
「ブラックカルテ・・・。」
確かそんな名前のカルテを椎名が一度名前だけ出した。
「メグのような特異体質の人間のことだよ。」
特異体質。
マツリは頭の中でその言葉が響いたのを感じた。
「見ただろ?楓のソレも。」
「はい。」
恐ろしい光景だった。
この世のものとは思えない、ものだった。
「ああいう変異が体に現われた人間をブラックカルテと呼んでいる。」
「・・・。」
「そしてそのブラックカルテを、研究、管理しているのが、国光ってわけだ。」
「・・・・管理・・・って。」
にこっと椎名が笑った。
「メグもそうなんだよ。」
ズクン。また心臓がなった。
「メグも、世間に出てきているけど。」
「・・・。」
「結局国光が一枚噛んでいるこの学校に縛られてる。」
「・・・・・・・・・・。」
驚いた、というよりも、ショックだった。
「弁当、食べないと時間なくなるよ?」
「あ・・はい。」
買ってきたおにぎりを、マツリは袋から取り出した。
「・・・・・・・・・・ねぇマツリ。」
「はい?」
「・・・・・マツリは・・・――」
キーンコーン・・・・・
鐘が鳴り響いた。
「あ、行かなくちゃ。」

タイミングは、ずれるものだ。


放課後。
もう次のテストを目前としていて、人が一斉に家へと向かう。
「マツリどこ行ったんだろ。」
いづみが気づけばいなくなっていたマツリの席をチラッと見た。
鞄は一応あるみたいだけど。
「まぁいっか。今日はスパイクとりに行かなきゃいけないし。先にかえっちゃえ。」
ごそっと自分の鞄を持ちあげて彼女は教室を出た。
昇降口を目の前に、後ろから名前を呼び掛けられた。
「?」
ふりむくとそこに少年。
「なによメグ。マツリと一緒じゃなかったの?」
「別々にいちゃ悪いか。」
「別に。」
いづみは歩きだして靴を履き替える。
「マツリ知らねぇか。」
「知らないわよ。なに、探してるの?」
「・・・・・や、別に。」
メグも靴を履き替えた。
そういえばこいつの靴箱は近い。
「まぁちょうどいいわ。メグ。面かして。」
「あぁ?」
無視していづみは歩きだす。
しかたなくメグも歩きだす。横に並ぶ。
彼女の胸に恐怖はなかった。
「前言撤回しとこうと思って。」
「・・・・前言撤回?」
「あんたを、信じないってやつ。」
「・・・・あーなんかいってたな。」
思い出した。マツリが壊れたときだ。
「や、ほんと。ありがとう。」
「へぇ?」
なにがだよ。
「私じゃマツリを連れ戻すことはできなかったから。」
「・・・。」
「あんたがけっこうやれる男でよかった。」
「んだそれ。」
「信頼できる奴で良かったってことよ。」
「・・・・・・。」
素直に、嬉しかった。
「話はそんだけっ。」
「・・・・・・・・・・そーかよ。」
メグは微笑んだ。
風が気持ちよかった。
ジャリ。
「・・・。」
メグが顔を上げて足を止めた。
「?え、メグ?」
いづみが振り向いてメグを見た。
「国光・・!」
小さく呟いた。
「え?」
その瞬間だった。
「大蕗 祀だな?」
後ろから声がした。
「・・・・・・え・・・?」
いづみが振り返る。
「てめぇら・・!」
メグが構えたがその声の主は無視した。
「神威 萌と一緒にいる女。大蕗マツリだな。」
「・・・・・・ちょっ。」
冷や汗がたれた。ぞくっとした。
「ご同行願います。お嬢さん。」
別の男が手を伸ばした。眼鏡の優男だ。
「!!!!!」
「大蕗 祀さんですね?」
「・・・・・・・っ。」
汗が。
その優男ですら。なんだか嫌な感じ。
これは、ヤバイ。
「いづ―――」
「メグ!」
メグがいづみの名前を呼ぼうとした時だった。
いづみが叫んだ。
「・・・・・・え・・?」
いづみがにこっと笑って、しーっと言った。全然余裕ない感じで。
「はい。」
いづみがその男の手を取った。
そして車に乗り込む。
「おい!おまえ・・・っ!」
メグが叫んだけれど、車は完全に無視して、いづみを乗せて走り去った。
「いづみ・・・・・・・・!」
メグの頬にも冷や汗。
そしてまた昇降口に向かって走り出した。マツリを探さなければ。


「随分おとなしく一緒に来てくれましたね。」
優男がいづみにそう言った。
「・・・・・・・・・国光って、メグが言いましたから。」
「なるほど、頭のいい子ですね。」
ははっと笑う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
助けて。誰か。
車が走る。何処へ向かう。



「・・・・・・・・・・・・。」
マツリは静かに空を見上げてた。久しぶりだ。
ガターン!
「!」
振り向いた。大きな音がしたから。
屋上と青い空。
「メグ。」
「マツリ!」
「なに、どうしたの。慌てて。」
座ったまま彼女が問う。
メグの尋常ではないその態度に少しの不安。
「いづ・・いづみが!」
「え?」
「それよりお前が!国光に狙われてる!」
「えっ?」
わけが分からない。
衝撃的な言葉の連続。
「国光・・・って、・・・え、いづみが、なに・・・・。」
「国光の連中がお前と勘違いしていづみを攫いやがったんだよ!!」
「!」
マツリが驚いて立ち上がろうとした。
「お前は動くな!」
「!」
「今は身を隠せ!」
「でも!」
「あいつらの目的はお前だぞ!今お前が見つかると下手に・・・・――」
はっとした。
何故マツリを狙った国光が人違いなどという莫迦みたいなミスをしたんだろうか。
そもそも何故マツリは狙われているのか。
「・・・・・・・・メグ?」
黙りこんだメグにマツリが立ち上がって近寄った。
「マツリ・・・っ保険医の所に行け。」
「え?」
そうだ。
椎名という国光のまわしものがこの学校にいるというのに、国光がマツリの情報を一つも手に入れられないわけがない。
ましてや顔なんか。
椎名がきっと裏で隠してたんだ。
あいつならことのすべてを知っている。
あいつなら、信頼できる。
「いくぞ!」
「え、え。えぇ?」
ぐいぐいひっぱられて、マツリは走った。
「かっ鞄!」
「あとだ!」


ガラガラガラガラ!

「椎名!」
「!」
椎名が振り向いた。
彼も焦ったような顔をしてた。
だけどメグがマツリを連れているのを見て一瞬ほっとしたようだ。
「メグ、どうしてここに。」
「訊きたいことがある!」
「・・・・・・。」
マツリがそっと戸を閉めた。
「話の続きか?」
「あぁ!教えろ!マツリがなんで国光に目ぇ付けられてるか!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
マツリをチラッと見た。
「・・・・・・・・。」
マツリはソレを察知したように、戸を再び開いて外に出た。
「マ・・!」
「トイレ。」
嘘だ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「マツリはお前と関わったから、目を付けられたんじゃないよ。」
椎名がメグの心を読んだかのように言った。
「・・・・。」
「ただ、マツリが国光の関係者の親戚である可能性が出てきた。」
「は・・・?」
「そこまでなら俺もこの間気がついた。有名な人だったから。初めて会った時、名前でピンとこなかったのが不思議だったくらいだ。」
「・・・・・・・何の話だよ。」
「ブラックカルテの製作者だよ。」
メグは体をこわばらせた。
グラックカルテという言葉。
昨日の今日でトラウマのようになっていた。
「国光の偉大なる研究者、ブラックカルテの発見者とも呼ばれている。」
「・・・・誰だよ・・・そいつ。」
「今は国光をぬけて、消息がわからなくなっている。そいつは死んだともいわれているし、はたまた国光の一角とはまだコンタクトを取り合って身を隠しているとも言われている。」
風が気持ちいい。
「どうでもいいじゃねぇかそんな奴のこと!」
「よくないんだよ。」
椎名が真剣な目をした。
「そいつは国光の研究データの全てを知っていた男だ。組織を知りすぎた男の蒸発は、大きな痛手なんだよ。組織というものにとっては。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「さらにそいつが隠し持っていたファイルが問題でな。」
「・・・・?」
「俺はお前に楓は12番目の変異者だといったな。」
「あぁ。」
長い話になってきた。
「楓は最も新しく発見された変異者だった。」
「・・・・・・・・待てよ、違うだろ。ブラックカルテは全部で・・・。」
「そう。13だ。」
「・・・・・・・・・・・。」
話が見えてきた。
「その研究者が隠し持っていたファイルこそ、ブラックカルテの1つだったんだよ。」
「・・・!」
「そしてさっき、俺はこうも言ったよな。彼はブラックカルテの発見者だと。」
「あ・・あぁ。それもおかしいだろ。だって俺がヌメロウーノで・・・発見者は・・・。」
「あぁ。そうだ。彼が持っていたカルテが、ヌメロゼロだったんだ。」
「・・・・・・・・!」
「そしてそのブラックカルテの人間は、未だ謎のままだ。ここまで話せば解るな?」
「・・・・・・・・。」
「国光はそいつを探してる。ブラックカルテのヌメロゼロを見つけ出すために。」
椎名が、怖く見えた。
「そして、マツリはその男の親戚かもしれない。絶好の手がかりだろ。」
「・・・・・・・っ。」
「もう1つ。」
人差し指が立つ。
「そのヌメロゼロはその男の周りにいた人物である可能性が高い。マツリがそうである可能性を国光は考えているんだ。」
メグはぐっと拳を握った。
「マツリに訊かなければ分からないが、その男の名は大蕗 奔吾。おそらくマツリの父親だ。」
「・・・・・・・・・・っ莫迦みたいに・・・できすぎた話だなクソッたれ・・・ッ!」
「・・・・・真実は小説より希なり、だよ。」
「くそっ!」
ばっと駆け出し、勢いよくメグは扉を開けた。
スパーン!
という音と共に。目に飛び込む。
「・・・マ・・・マツリ・・っ!」
「・・・・・・・。メグ。どこ行くの。」
あまりに普通にそういうので、メグは一瞬ほっとした。
聞こえてなかったらしい。
「俺はいづみを・・・・―――」
「・・・・私も・・・っ!」
「ダメだ!」
驚くほど真剣にメグが言った。
だから、なにも、もう言えなかった。
「お前はここにいろ。絶対、いづみを連れて帰ってくるから!」
「・・・・・・・。」
そう言い残して、彼は走り出した。
「・・・・・・・・・・・だって、メグ・・・。」
マツリはその背中を見ながら言葉をこぼす。
「・・・・・だって、メグ・・・・・国光なんだよ・・・・。」
メグがあれだけ毛嫌いしてた国光に行くってことなんだよ。
メグをひどく傷つけてきた国光に、行くってことなんだよ。一人で。
「入ればー?」
椎名がそういってマツリの肩をもった。
「・・・ごめんね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ガラン!
戸が閉まる。
沈黙。
「・・・・・・・・・・・。」
マツリは無言のままごそごそ取ってきた鞄に手を突っ込んだ。
そしてラッピングを開けかけたおにぎりを取り出した。
「・・・・・・昼食?」
「結局、食べれなかったから。」
「・・・・・・・。」
ソファに座って。向かいあって。沈黙を泳ぐ。
椎名は今日はバーボンを飲んでなかった。
「・・・・・・・・・・・。」
椎名も耐え切れないような沈黙だった。
なにか言葉を探そうとしていた。
だけど。
「大蕗 奔吾は・・・・・私のお父さんです。」
その瞬間。その言葉で、椎名は心臓が凍った気がした。


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