知る世界31

キスをして。
分かった。
この人が好きだ。
すがるためのキスではないキスをして。
やっと分かった。

手。温い手。
白い吐息が温かい。
「・・・然さん。」
彼は私を抱きしめた。
以前のように、苦しいほどではなく。優しく。
「ありがとう。」
「・・・何がだ。」
「なんでもない。なんでもあるけど。」
「・・・なんだそれ。」
はっと彼は笑った。
私も笑った。
手をほどき、お互いを見つめあった。
「・・・たくさん、話したいことがあるんです。」
「・・・そうか。」
「だから。」
ブランコから立ち上がる。
キッ、と金属がこすれた音がする。
「帰って。ゆっくり話、しませんか。」
「・・・あぁ。」
手を取った。
温かい手を取った。
そして一緒に家に帰った。


「よっほー!」
ガチャっ。と、木下さんがやってきた。
あれから数日が経った夕方のことだ。
「あ、木下さん。」
「こんにちは、子姫ちゃん。元気ー?」
「あ、はい。あの・・・然さんは・・・。」
「あー。もうすぐもうすぐ!ちょっと煙草買わせにやった。」
「そうですか。」
にこっと木下が笑ってキッチンへやってくる。
「おー。美味しそうじゃん。今日はイタリアンだね。」
「はい。木下さん、好きだって聞いて。」
「うん。好き好き!ありがとーお呼ばれされてよかったのかな?」
「あ、はい。木下さんに、一応、お礼・・・したくて。」
「・・・。そっか。」
にこっと笑う。彼はなんでも、本当に分かってるみたいだった。
「然。変わってきた?」
「え?」
「変わらない?」
「・・・・。」
木下さんは椅子に腰をおろして言った。
「・・・変わったというのなら。変わったのかもしれません。」
「・・・そう。」
「だけど。もしそうなら。」
「ん?」
「きっと。いい方向だと思います。」
「・・・そう。」
彼は嬉しそうに笑った。
「銀って、最近会った?」
「あ、いえ。学校、ないから。」
「そっか。」
「銀君が、何か・・。」
「や。違うんだ。ちょっと前に、恭子さんがうちの病院に来て。」
「え!」
「睡眠薬を処方したんだけど。銀もいたからさ。恭子さんと一緒に。」
「・・・。」
「ちょっと心配になっただけ。」
「そうですか。」
「でも、まぁ。あの子はきっと大丈夫だよ。」
「・・・はい。」
頷いた。私も、そう思う。彼は強い。
「木下。」
「!」
然さんが帰ってきた。
「お前、ないぞ。お前が言っていた銘柄なんてもんは。」
「・・・あっれー?」
「・・・お前、出鱈目言ったな。」
「そ、そんなことないよー。しゃ、しゃーないなー!海外のメーカーのだし!なかったんならしょうがない!」
「・・・くそが。」
「なかなか、ひどい暴言だよソレ!」
木下がははと笑う。
「お待たせしました。」
「!あ!料理!できたよ!然!」
「・・・お前、今度殴るからな。」
「ちょ!物騒なこと言うのやめて!」
「・・・・。はぁ。」
然さんはため息をついた。
「いい。」
そしてフォークを人数分手に取り、テーブルに置いた。
「お前には借りがある。」
「・・・。」
そう言った彼の顔は、微笑んでいたと思う。
「じゃあ。」
席に着いたのを確認して木下さんは言った。
「いただきます!」
「いただきます。」
「あ、おいしいよ!」
「あ、ありがとうございます。」
「やばいね!然よかったね!いいお嫁さん貰えて!」
「木下。お前、問答無用でこのタバスコ全部口突っ込むぞ。黙って食え。」
タバスコ一瓶。
「・・・すみません。」

「じゃ、またね。」
「おやすみなさい。」
木下さんが、帰り。二人になる。
私は片づけを始め、彼も私を手伝った。
「あんなもん、呼ばなくてよかったぞ。」
「でも、やっぱり。お礼がしたかったんです。」
「・・・律儀な。」
「不誠実よりはいいですよ。」
手についた冷たい水を拭き取って、自分の首に触れる。温かい。
「・・・何してるんだ。」
「あ、手、冷えちゃったから。首で暖を取って・・・」
「・・・貸せ。」
そう言って彼は私の手を取った。
「・・・然さんも、冷たいですよ。」
笑った。
「・・・言ってなかったことがある。」
「え?」
彼はまじめな顔をして言った。どきっとした。
彼の唇が耳元にきて、その言葉を呟いた。

その言葉を聞いて、私はこれからも、もっと、彼を知りたいと。そう思った。
感情の名前も、もっと。たくさん。


知る世界 終わり
 
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